②エディット・ピアフとビオレータ・パラは生きた時代がほぼ同じ。
ビオレータはエディットより2年遅く生まれ、エディットの死の4年後に逝った。

③声の質が似ている。ともに鼻にかかったような声で、若い頃は「ガラスを引っ掻いたような声」と酷評されたりした。

④貧しく悲惨な幼少期を過ごした。

⑤気性が激しく、わがままな一面もあった。

⑥ともに美貌や美しいスタイルには恵まれなかったが、そんなことで気後れするような性格では無かった。

⑦単なる歌手でなく自ら作品も残した。(エディットは作詞のみだが、ビオレータは作詞作曲ともに手がけた)



しかし、その一方でエディット・ピアフとビオレータ・パラとで際立って違う点もある。

エディットの場合、歌手としての名声を得るとともに姉妹とは不和になって行ったが、ビオレータの場合は名声を得た後も生涯に渡って貧しい生活が続いたせいもあっただろうが、兄弟姉妹とは至って仲が良かった。

『La Carta(手紙)』では「…(ストライキを支援したという“罪”で)手錠をかけられた一人(末弟のロベルト)のほかに私には9人の兄弟がいる。私の神の加護ゆえに9人は全員コムニスタなのさ…」とも歌っている。

そしてビオレータの死を悼んで兄のニカノールは『ビオレータを護って(ビオレータ賛歌)』という詩を書いている。

※『ビオレータを護って』はメルセデス・ソーサのアルバム『ビオレータ・パラに捧ぐ』に朗読が収められていた。これに曲を付けて歌っている人も居たが、生憎今名前が確認出来ない。