長男は生後3日でお腹の手術をしています。

生まれる前に(大体妊娠15週)に産婦人科の先生が見つけてくれて、地元で出産するつもりでしたが、結局関西の病院に転院しました。

早い段階で病気を見つけていただいたので、大学病院で色々と検査や出産前の準備や出産後の入院手術の話などを聞く事もできて今思えばバタバタせずに済みました。


発達は1歳くらいまでは月齢にあった成長をしてくれてました。


睡眠

夜はなかなか寝つきが悪い。

お昼寝も寝つきが悪い。

今現在も中学生でも寝つきが悪く、寝不足で体調を崩すことがあります。


言語

言葉は遅く、1歳半検診で引っかかる。

積み木→積めない

指先→できない

発達検査を強制的に受けるように言われ受けました。

親子教室に誘われましたが、義母に言うとそんなの行かなくていいと言って、私もまだ若くあんまり深く捉えてませんでした。

結果、やはりやばいと思い、3ヶ月だけ親子教室にも申し込みました。


3歳児検診までに数回発達検査を受けました。

やはり1年から2年くらいの遅れがあると言われました。

 

市の3歳児検診は発達相談もしてるので早々と終わりました。


幼稚園

行かせたい私立の幼稚園があり、入園前に相談に行きました。

本当にかなり悩みましたが『言葉が出なくても幼稚園で、生活していてふっと言葉が出ると思うし来ていいよ。』と言っていただきました。

年少まで言語の発達はなかったのですが、当時の担任の先生が本当にベテランの優しい先生で年少の後半から言葉が少しずつ出てきました。

マンモス幼稚園でした。

色々とやらかしてご迷惑もおかけしました。

でも、運動会、発表会、水遊びその他の行事本当に長男は楽しんでました。


小学校入学の際、支援学級に私は行かせたかったのですが、主人が反対しました。

小学校に相談は行きました。

自分の子は大丈夫なんて自信があったんだと思います。


小学校

大丈夫なんかじゃないですけど。

結局、1、2年生の時に毎学期懇談以外で呼び出されました。

2年の1学期に大学病院で発達検査の結果を見て、やはり知能やその他発達が遅れてる、子供が学校で困ってると納得してました。

義母も納得はしてないだろうけど孫が学校の授業がしんどいのを少し理解してくれました。

(遅いけど。)

2年の2学期からお試しで支援学級に入級。

3年生から支援級在籍になりました。

支援級在籍でも基本は普通級に荷物も授業も受けに行きます。

算数と国語とSSTだけ支援で受けます。


支援級に入ってから。

3年から子供が楽しそうに毎日学校に行くのが楽しくなったみたいでした。

支援の連絡帳にも週に数回先生がその日あったことを記入して下さいます。

色々とありましたが、子供が不登校にならず、6年間小学校に通ってくれてよかったなと思います。

6年間で支援に在籍していて、今中学生ですが支援級に引き続き在籍させてます。