[と掌握術] ないものに対抗するという吸血殺しの技
上条当麻の話に戻そうと思ったけど、やっぱりやめて、姫神秋沙(ひめがみあいさ)の話をしましょう。戻す気があるのかw。
とある魔術の禁書目録の登場人物 - Wikipedia で姫神の能力は「吸血殺し」という技で、いるのかいないのか分からない、存在するのか存在しないのか分からない「吸血鬼」という対象に対して、それの天敵である、という設定になっています。
小説/アニメの解釈的には、「吸血殺しがいるから、吸血鬼の存在が明らかになる」ということになっていますが、いえいえw リアルなところで考えれば、「吸血鬼という架空のものに対抗する、架空な能力を保持している、とうそぶく」のが本当のところです。
架空なものに対して、架空の能力(巨大な能力)を主張するところがミソですね。
これを掌握術として展開してみましょう。
- まず、仮想の敵を展開させます。騙したい相手に、仮想の敵がどんなのかを説明するわけです。
- そして、自分の能力が、その敵をどのように打ち倒すかを、訥々と話します。いろいろな手段があるでしょうが、打ち負かせる能力がある、と相手に見えるようにします。
さて、ここで「相手」には、どのように「自分の能力」が見えるでしょうか?
最初の「仮想敵」が「仮想」であることを、きっちり覚えておけば、仮想そのものの存在が危ぶまれるわけで、それに対抗する「能力」の土台が、そもそも崩れていることがわかります。数学や物理でいうところの、「仮定の仮定」ということです。
ですが、ひとたび、「敵を打ち負かす能力」のところだけ視点を狭めてしまうと、「能力」がいかに大きいのか、ということに注視してしまうことになります。
具体的な例をあげると、
- あそこにはあなたに見えない悪霊がいる。私は、その悪霊を打ち払う力を持っている。
- あそこにはあなたに分からない悪の結社がいる。私は、その悪の結社から、あなたを守ってあげられる。
- あなたは知らないだろうが、この布団はとても人気があるのだ。私は、その布団を手軽な値段で分けられる伝手を持っている。
- あなたは知らないだろうが、この政策はひどく難しいのだ。私は、その難しい政策をやり遂げる力を持っている、だから信用してくれ。
という具合にいろいろできますね。騙しのテクニックの基本技です。
もうちょっと、複雑にして「架空」な部分を隠すこともできます。
- あそこにあなたの知らない世界がある。ほら、この人も語っているじゃないか。
- あそこにはあなたの理解できない政策がある。ほら、この人も私を信用してくれるじゃないか。
- あなたは疑うけども、この人は私を信用してくれる。他の人もそうだ。だから、この案は信用に足るのだ。
一見、論理風に見えたり、信用できそうな人をつれてきたり(「信用できそうな人」が本当に信用できるのか(架空でないのか)は、不明なままで)、するのが、この架空に架空を重ねる技です。
架空なものを巨大なもの、恐怖なものにすればするほど、架空なものを打ち倒す力は、巨大に見えます。けれども、所詮架空なものであるから、巨大とか巨大じゃないとかじゃなくて、架空でしかないんですよね。
なので、「幻想殺し」をすれば、この「吸血殺し」が消え去る、ということも言えます。
小説的には、上条当麻が姫神秋沙に触れても、姫神は消えないわけで、そういう意味では「吸血鬼」は存在するのかな、というオチでもありますが。
今日はこれまで。
では、さいなら、さいなら、さいなら。