「そうだ・・・
北島だァ・・・
北島理容店だ」
不意に思い出した。
子供の頃に行っていた
床屋の名前だ。
ボクが住んでいた柳原町一帯の人口は
当時どのくらいだったのか不明だが
床屋は北島、パーマ屋は黒川の
たった2軒しかなかったので
当然・・・店はとても混んでいた。
今は都心ならば
カットのみ15分で千円という散髪屋も
いくつかある時代だが
昔は1人1時間や1時間半はかける
丁寧な仕事だった。
店には、散髪椅子が3台しかないから
6、7人も客がいると
待ち時間も含めれば
4、5時間かかることもある。
大晦日は大混雑で
朝一番に行っても
綺麗に散髪して
出てこれるのは夕方。
もう1日がかりの仕事だった。
散髪屋にはふさわしくない
バーコードのすだれ髪
少々禿頭のオヤジと
小柄で実直な奥さん
オヤジの両親と思われる老夫婦の4人で
ただ黙々と髪を切り、洗髪し、髭を当たる。
待合のベンチで文句も言わず
客は将棋をしたり、話をしたり
本を読んだりなどして
順番が来るのを待っている。
テレビがない時代だから
店の隅にあるラジオ放送が暇つぶし・・・
とは言っても、ニュースと浪曲と
尋ね人時間で、ドキドキする内容でもないが
子供が聞いてもよくわからないニュースを
「ああだこうだ」と解説してくれる
大人たちの四方山話は
滅茶苦茶面白かった。
小学校で、多少勉強のできが良い少年にとっても
チンプンカンプンの世界情勢や社会時評が
面白いほどわかってくる
貴重な会話でもあった。
信憑性がどれほどか
疑問も多い話ではあったが
ホラも嘘も含め
興味津々で聞いていたこともあった。
〈つづく〉