日本では伝統的に、幽霊には足がないことになっています。
ですから、西洋で幽霊には足があり、幽霊が出た時に足音がして…なんてことを初めて聞いた時には、日本人なら驚いたのではないかと思います。
また、例えば、中世の欧州の国で、菩薩を見たなどという話は聞いたことがありませんし、1000年以上前の日本で巫女さんが大天使ナントカからご神託を受けたなんて話も聞きません。
なのに、現在日本では、チャネラーの方が「私は大天使ナントカからのメッセージを伝えている」なんて謳い文句で宣伝しているのを見かけたります。
これって何となく不思議だと思いませんか?
霊的体験などという、ある意味地球上の文化や国民性が関係ない筈のものに、どうしてこのような影響が出ているのでしょう?
勿論、上記のようなことは全てインチキであり得ないことであり、天使や菩薩を見たなんて言う奴は詐欺師か、もしそうでなければ精神に異常をきたしていて幻視や幻聴が出ているだけなのだ、と結論づけることもできます。
当然のことながら、こういったことは証明が不可能なことですし、実のところ、「自分は大天使ナントカからのメッセージを伝えている」なんて言っている人が詐欺師であることだって、実際は結構あるでしょう。精神や知覚力に異常をきたしている人だって、中にはいると思います。
でもこの種の目撃情報の、えーと…例えば半分か三分の一くらいは本当なのだとしたら?
こういう地球外の、あるいは地球よりも多次元の世界から何らかの存在(エンティティ)が接触してくるなんてことも、あるかもしれない。
そういう前提で、ちょっと色々考えてみましょう。
ちょっと『ムー』な感じですが。(笑)
以前に、宇宙というのは純粋な非物質宇宙、光の領域、そしてその下に物質宇宙があり、その物質宇宙は15の階層に分かれていると書きました。
その階層の差異などについては、松村潔氏の著書が分かりやすいので、引用してみましょう。
「宇宙は、振動密度が高く、物質密度の低い「高次」なものから、振動密度が低く、物質密度の高い「低次」なものまで、さまざまなレベルの次元が階層的に、あたかも階段のように並んでいる」
(p.14-15, 松村潔(2011)『エーテル体に目覚める本』, アールズ出版)
そしてその生命の階段の区分に、松村氏はグルジエフの「生きとし生きるもの」の図表の区分を使って説明しています。
「人間が積極的に自由に扱うことができるのは、人間の振動密度よりも相対的に低いものだ。絶対、永久不変、大天使、小天使、人、ほ乳類、無脊椎動物、植物、鉱物、金属という連鎖を生命の階段と言うが、この中では、ほ乳類よりも後も部類が、人から見ると相対的に振動密度が低いので、それらは人間よりも意識が目覚めておらず、そのぶん物質的に密度が高い。つまり、人は相対的に自分よりも振動密度が低いものを物質として対象化して認識する。」
(p.15-16, 松村潔(2011)『エーテル体に目覚める本』, アールズ出版)
この対象化して認識できる物質のみを扱い、
「見えるものだけがある。見えないものは存在しないと考えることを、アーノルド・ミンデルは合意的現実という名前をつけている。」
(p.17, 松村潔(2011)『エーテル体に目覚める本』, アールズ出版)
この「合意的現実」は、自分が振動密度の高いところに行けば、当然ながら変わってきます。
そしてその認識ルールは基本的に、
「振動密度の高いものから低いものまでの階段の中で、相対的に自分より低いものを視覚化でき、それよりも上にあるものは把握できない」
(p.17, 松村潔(2011)『エーテル体に目覚める本』, アールズ出版)
ということです。
従って、この生命の階段の区分に大天使、小天使というものがありますが、
「これらは人よりも振動密度の高いので、それらをわたしたちは対象化できない。」
(p.17, 松村潔(2011)『エーテル体に目覚める本』, アールズ出版)
要するに、基本的には認識できないということです。
ちなみにこの大天使、小天使というのは、いわゆる羽が生えていて空を飛んでいる擬人化した天使ではなく、シュタイナーの言うところの「民族の根源」と同じ意味で使用されています。
「絶対」「永久不変」の次に発生した高次の意識だと考えていただくと良いでしょう。
しかし、人より振動密度が高いものは基本的に認識できないのだそうです。
では霊能者やチャネラーというのは全員詐欺師か、はたまた幻視・幻聴に振り回されている精神異常者なのでしょうか?
…というと、そうでもないと思います。
人間というのは、所謂「五感」で感知できるものだけに頼って生活している訳ではありません。
直観、第六感といった感覚で、「合意的現実」においてはっきり証明可能でないものも、日々何かしら感知しながら生きているということに、大きく異論を唱える人はいないのではないかと思います。
そういった直観や第六感が、もともと平均以上に発達している人の能力を、一般的に霊感などと呼んでいるのだな、と考えるといいでしょう。
そしてこういった能力はある程度開発が可能であり、様々な密教や魔術結社、ヨーギー(ヨーガ苦行者)や神秘思想家などは、このような能力を段階的に開発して、認識範囲を広げる訓練をしているわけです。
しかし、訓練によって認識範囲を広げても、肉体を持ち、肉体・時間・重力に縛られて生きている以上、その認識能力の開発には、ある程度限界があるようです。
だからもっと多次元の、振動密度の高いところを垣間見たとしても、あるいはそういった存在から何らかのコンタクトがあったとしても、それをそのままの形では認識できないのではないかと思うのです。
で、どうなるのかというと、受け取った情報が脳内で手持ちの情報の中で近いものへと変換されているのだと私は推測しています。
何故私がそう考えているのかについては、ちょっと長くなるので次回に譲りたいと思います。



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