S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング)の瀬川です!
HPにおけるTOPICSでは幾度も 私は理数系が大の苦手!!! と宣言!?断言!?しておりますが、やはり、
今になって考えると数字にもう少し強かったら・・・
などを思う事もあります(笑)
なので、最近は小学校で習う算数の本を遊び心で読んだりもしております(笑)
そこでという訳ではありませんが、今回は2023年5月20日の第459回目のTOPICS『 数字は記号でもあり私達の言葉でもある ~「0(ゼロ)」と「無限大(∞)」から考える理想と現実~ 』から、その一部をお届けしてみます!
では、ここから取り上げる数学や数字や数というものの性質としては《 論理 》も含まれはしますが、今回はあまり《 理屈 》に囚われずに頭を柔らかくする体操のような 《 肌感覚 》 で捉えて頂ければイメージが膨らみやすくなるかもしれません!
まず最初はヒューマニエンス(NHK BSプレミアム)という番組の「 “数字” 世界の秘密を読み解くチカラ 」の回から一部のご紹介です!
文字は約5千年前、そして、数字は約2万年前から存在していたと言われておりますが、この番組の冒頭では次の問い掛けがされております、、、
もし、1ダースが13(個)だったら・・・???
と(笑)
ところで、通常の日々の私達の生活では主に10進法を使っておりますが、商品などの販売では1ダースを一つの括(くく)りとして売られているものも多いです!
では、何故1ダースが12(個)とされて来たのでしょうか???
例えば、1枚のピザを12枚に切り分けると、2人、3人、4人、6人では均等に分配する事が可能となりますが、10枚に切り分けると、2人と5人にしか均等に分配されない事になります。
そして更に、この「12」という数字は片手でも数えられるものである事も関係しているかも!?と考えられているそうです(笑)
では、ここで皆さんも片手のみで「12」を数えてみて下さい!!!
、、、どうでしょうか、、、数える事が出来ましたでしょうか、、、???(笑)
まず、数える際には親指で数えますが、親指を除いた4本の指には、それぞれの節で区切られた箇所が存在しております。
これが、ちょうど「12(個)」あるからというものです(笑)
と、話が少々逸れましたが、正しいのか間違いであるのか、あるいは、他の別の理由もあるのかはともかくと致しまして、
1ダースが12(個)とされたのは・・・
古代では食糧などを皆で平等に分かち合い・・・
食糧争いに陥るのを防ぐ為という・・・
平和を実現する人間の《 思い(想い) 》が込められているから!!!
と言われているそうです(笑)
ここ迄の内容におきましても、憶えなきゃ!?などの意識は全く不要です!!!
ただ単に自由に何かを感じ取れている!?ような感覚で全く大丈夫ですよ(笑)
では、次の素材は地球ドラマチック(Eテレ)という番組の「 ゼロから無限大へ ~数の不思議に迫る~ 」の回から、これも一部ご紹介してみます!
数学や数字は《 全世界共通の言語 》とも言われますが、数を 《 どのように表現するか 》 に関しては国や文化の違いなどで様々な方法が用いられて来ました。
そして、現在では「0から9までの数」を組み合わせる事で《 無限に数えられる 》仕組みを採用して私達は日常生活を送っています!
そして、ここに出て来た「0」とは 《 数えられない存在しない何かを表している 》 と捉えられる一方で、「0」は 《 数えられていない何かが無限に存在しているという事を表している 》 とも考えられているそうです、、、
そして、「現在の意味の「0」」は今から約1、700年前(「0」そのものの誕生は約1、300年前と考えられているそうです)のインド(周辺)で誕生したと考えられております。
では、ここでは次の事だけ頭に入れて置いてみて下さい!!!
現在の意味の「0(という概念)」が最初に登場したのは・・・
言語学(言葉)の分野であった!!!
という点です!
そして、7世紀頃の天文学者・数学者であったプラフマグプタにより「現在の「0」の使い方」が考えられたと言われております。
その一つとして彼は、
、、、-3、-2、-1、「0」、+1、+2、+3、、、
というように、
「0」は《 正の数と負の数を繋げる 》
という実績を残しました。
これにより、《 延々と 》数を数える事が可能となりましたが、
私達の《 言葉 》も・・・
物の誕生により必然的に増えていき・・・
しかも・・・
物ではない《 思考(や感情) 》も・・・
《 言葉 》に変換し続けている!!!
のはお分かりかと思います(笑)
では、話を戻しますが、こうしてインドでは「計算方法としての「0」」が誕生し、長い時を経て現在に至って使われるようになって来ました。
ただ、この「計算方法としての「0」」の特徴というのはとてもユニークです!
例えば、
A + 0 = A
A - 0 = A
A × 0 = 0
など、どこかここでの「0」には《 ルールが有るようでいてルールが無い!? 》ような感じを受けるかもしれません(笑)
そして、
他の数を割ることが出来ない唯一の数字が「0」である!!!
というのは有名かもしれません(笑)
例えば、
0 ÷ 6 = 0 :(リンゴを6人で分ける場合にリンゴが無ければ分けられるのは0個となる)
となりますが、しかし、
6 ÷ 0 = ??? :(6個のリンゴを0人で分ける場合にはどうなるのか???)
との超難問という 《 壁 》 にぶち当たります!!!
そして、
仮に 6 ÷ 0 = 0
となってしまうと、今回のリンゴの計算式のケースでは、
0 × 0 = 6
となってしまいます(笑)
勿論、リンゴが何個であろうと同じ事で「0 × 0 = 3(個)」も「0 × 0 = 100(個)」など、これも 《 無限に 》成り立ち《 生み出せて 》 しまいます(笑)
つまり、
仮に 「何かの数字」 × 0 = 6 と成り立つように仮定してみた時に・・・
この「何かの数字」を幾ら探し求めたとしても・・・
「何かの数字」 × 0 = 0 と必ずなってしまうが故に・・・
「何かの数字」 ÷ 0 = 定義不可能!!!
となっています(笑)
このように、《 ×(0という)掛け算 》では答えや正解は全て「0」と《 成り立つ 》にも関わらず、《 ÷(0という)割り算 》での答えや正解は 《 定義不可能 》 となってしまうのは、
数(字)は数(字)という記号でもあり・・・
それと同時に・・・
数(字)は真の意味での《 言葉 》でもあるかも!?
と感じませんでしょうか!?(笑)
繰り返しになりますが最初の番組では『 1ダースが12(個)とされたのは・・・古代では食糧などを皆で平等に分かち合い・・・食糧争いに陥るのを防ぐ為という・・・平和を実現する人間の《 思い(想い) 》が込められているから!!! 』と紹介致しましたが、
《 分かち合いに役立つ割り算 》では「0」が介入すると様相が一変し・・・
その様相を表現する数(字)が存在せず・・・
故に《 言葉 》での定義付けを採用せざるを得ない!!!
となりますが、TOPICSでは繰り返し多用してお伝えしております、
(過度な)二者択一に陥らない・・・
そして・・・
逆もまた真なり・・・
の 《 真意 》 も併せて感じてみて下さい(笑)
そして、この辺りから、もう一つのテーマでもある《 無限大(∞) 》に繋がって重なっていきます!
では、次の事をイメージしてみて下さい!
例えば、まず最初に、ある人が壁に向かって、その壁までの距離の「半分」を歩くとします。
そして、その「半分」の距離に到達したら、そこからまた壁までの「半分」の距離を歩きます。
そして、またその半分までの「距離」を歩くを繰り返していくと、
歩く歩数は「無限大」となり・・・
壁までの距離は着実に「0」に近づくが・・・
永遠に壁には到達出来ない!!!
という現象に結び付いていきます。
勿論、私達人間における《 現実の行動 》としては実践する事は不可能であるが故に起こりませんが(笑)
そして、締め括りに入って参りますが、ここでも同様に《 理屈 》ではなく《 肌感覚 》というイメージで眺めて頂いて、皆さんなりの自由な発想で捉えてみて下さい!
まず、TOPICSでは「思い・言葉・行動」の一貫性を保つ事が大切で必要とお伝えしておりますが、ここ迄の内容におきまして、
数字は「思い」でもあり「言葉」でもある・・・
という面があるのは皆さんも理解出来た!?事であろうと思いますのと、
私達が日常的に数字を使っているのは「行動」に当たる・・・
というのも 《 反映 》 という現れになります!
また、数字に《 正と負の両面 》(なお、ここでの正負とは善悪や正誤や是非などの意味とは全く違います)があるという事は、これも《 (過度な)二者択一 》とはならない点が示唆されております(なぜなら、繰り返しになりますが、正負が成り立つ為には「0」という第3の存在が前提となるからです)。
このように考えて来ますと、
数字は単なる記号という性質だけではなく・・・
言葉そのものとも言える!
との先程もコメント致しました 《 原点 》 に辿り着いていきます!
そして、
私達が抱き活用している・・・
「思い」と「行動」を繋げて重ねているもの・・・
それが「言葉」!
になります!
そして、
仮にこのような言葉の性質を数字の「0」と同じと捉えれば・・・
負の言葉も正の言葉も・・・
その両方を生み出せる力が私達には備わっている!
という事になります!
故に、この視点から、
数字はやはり・・・
「思い」と「行動」とも深く大きく繋がって重なっている!
という一見すると繰り返しや堂々巡りのような《 理屈 》に見えるかもしれませんが、これが、
成長は螺旋状に進む!
と同じ意味になります(笑)
そして、このような「0」と「無限大」との繋がりと重なりでは、
「0」は時にはカメレオンのように変幻自在(「0」を掛けると「0」になるという数字で表現可能である一方で、「0」で割ると定義不可能という言葉になる)であるが・・・
「0」はある程度は定義付けられるとも言える(記号として情報を区別や整理出来る)が・・・
「無限大」は定義付けられない・・・
なぜなら・・・
定義出来ないからこその「無限大」とも言えるし・・・
「無限大」に定義出来るとも言える・・・
からです(笑)
そして、よく言われる所の《 負のイメージとしての理想と現実 》に「無限大 = 理想」そして「0 = 現実」として当てはめてみると、
「0」は《 全て 》を「0」にする可能性を伴っているが・・・
そこに「無限大という理想」を繋げて重ねていくと・・・
次第に《 理想が現実を創造していく 》事になる!!!
というのは、これも先程の壁に向かって歩く例などで《 既に証明 》されております(笑)
そして、
「思い・言葉・行動」の総体(定義)が私達であり・・・
数字を誕生させた(捉える事を可能にさせた)のも・・・
私達の「思い・言葉・行動」である!!!
というのが事実でもあり真実となります!
そして、これもTOPICSでは幾度かお伝えしております五木寛之 氏の言葉(趣旨)を今回もお伝えします!
それが、
数字は正しい・・・
しかし・・・
数字を扱っている人間は間違いだらけではないか・・・
と、、、(笑)
そして、五木 氏の言葉と、今回ご紹介した視点を派生して繋げて重ねてみた時に、
果たして・・・
間違っているのは理想でしょうか・・・
それとも現実でしょうか・・・???
、、、(笑)
と、このような内容でお届けしておりましたが、数字にせよ言葉にせよ、はたまた生成AIにせよ、他の何にせよ、
要は扱う人間側の真の動機が問われる!!!
という事になります(笑)
『 数字は記号でもあり私達の言葉でもある ~「0(ゼロ)」と「無限大(∞)」から考える理想と現実~ 』はこちら