第3638回「名探偵ポワロ全集、第4巻、アクロイド殺人事件、その1、原作について」 | 新稀少堂日記

第3638回「名探偵ポワロ全集、第4巻、アクロイド殺人事件、その1、原作について」

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 第3638回は、「名探偵ポワロ全集、第4巻、アクロイド殺人事件、その1、原作について」です。原作「アクロイド殺し」につきましては、一昨年(2009年)に、2回に分けてブログに書いています。ストーリーだけでなく、トリックについても書きました。


 この「アクロイド殺し」をどうドラマ化するのか、興味津々で観た一作です。ドラマ版のストーリーにつきましては、次回詳細に書く予定ですが、犯人の犯行過程が論理的に描かれています。ある意味、原作から離れて観ても、十分楽しめる作品に仕上がっています。


 原作は、どうしても"あるトリック"中心で読みがちなのですが、こうして映像化されますと、別の「アクロイド」が見えてくるのが不思議です。ですが、先に原作を読む方が、より楽しめるのも事実です・・・・。今回は、従前2回に分けて書いたブログを、集約した形で再掲することにします。ネタバレとなっていますので、ご注意ください。


 アガサ・クリスティは、トリックの女王です。特に、"意外な犯人"(フーダニット)の分野では、多大な業績を残しました。


 "意外な犯人"ものの代表作が、「オリエント急行殺人事件」と本作品でしょうか。クリスティの代表作につきましては、中学生から高校生の頃に読みました。実は、読む前から犯人とか、トリックとか、かなり知っていたのです。当然、「アクロイド殺し(アクロイド殺人事件)」の犯人も知っていました。ただ、固有名詞ではなく、どのような人かということですが。


 では、犯人とかトリックを知っていて読んでも、つまらないではないかと思われるかもしれませんが、読書の楽しみとしては、興味がわずかに削がれただけです。。四十数年前、ネタバレに対する意識は薄かったと思いますし、ネタバレしているからどうだという気分もあったと思います。ただ、知らないに越したことはありませんが。


 友人と推理小説の話はしなかったと記憶していますので、雑誌か、他の作家の小説・エッセイの中に犯人なり、トリックなりが明かされていたのだと思います。著作権だけでなく、トリックなどの創造権(このような概念は存在しませんが)に寛容だった時期だと思います。


 ネタバレは嫌だという方は、ハヤカワ・ミステリ版でのカバー裏面の作品紹介を読まないほうがいいと思います。ある程度本格推理を読まれた方には、犯人が推定できると思います。さらに、そのトリックも・・・・。


 文庫で、350ページほどです。最初の4章、60ページが事件の導入部です。アクロイドが殺されるまでの話が、コンパクトに語られます。物語は、次の文章で始まります。

 「フェラーズ夫人が死んだのは、九月十六日から十七日にかけての夜――木曜日だった。私が呼び出されたのは、十七日、金曜日の朝。もう手のくだしようがなかった。すでに死後数時間たっていたのだ。・・・・・」(田村隆一氏訳)


 物語は、医師であるジェイムズの一人称で語られます。手記と言うより物語風です。フェラーズ夫人の死は、睡眠薬の飲みすぎによる事故死または自殺と断定されます。第2章で、この物語の舞台であるキングス・アボット村について語られます。そして、第3章で"かぼちゃ男"について触れられます。ヒゲ面のちびです、名前は"ポロット"、カボチャを作っています。


 そして、第4章、ジェイムズ医師から、アクロイドの死の直前の状況が語られます。ジェイムズ医師は、その夜、アクロイド邸を訪問しています。重要な話を聞かされます。自殺(?)とされるフェラーズ夫人が、夫を毒殺していたと。そして、その事実を何者かによって脅迫されていた・・・・。


 会話の最中、執事により手紙が届けられます。フェラーズ夫人の手紙です。アクロイドは読み始めますが、途中でやめます。この部分については、本文から引用します。

 『「せめて、その男(脅迫者)の名前だけでも読んでください」

 アクロイドといういう男は、もともとつむじ曲がりの人間だ。強要されればされるほど、ますますいやだという癖がある。いくら頼んでもむだだった。


 パーカーが手紙を持ってきたのは、8時40分だった。私がアクロイドの部屋を出たのが、ちょうど9時10分前。手紙はまだ読まれていなかった。私はドアの取っ手に手をかけたまま、ちょっとためらって振り返り、何かやり残したことはないかと考えた。何も思いつかない。私は首を振って部屋を出て、ドアを閉めた。・・・・』


 その後の調査で、9時30分、アクロイドの声が聞こえ、9時45分には親類であるフロラ・アクロイドが、アクロイドと話したと証言します。捜査は五里霧中の状態となり、事件は迷宮入りかと思われましたが・・・・。例の"かぼちゃ男"ポロットの登場です。ポワロと呼ばれた名探偵です。名前の発音にはこだわりがあった男ですが、年をとり引退して人間が丸くなったのでしょうか。


 アクロイド殺人事件に関与する登場人物を列挙します。当然、この中に犯人がいます。① ファラーズ夫人(夫を毒殺し、その後自殺?)、② ロジャー・アクロイド(地主、刺殺される)、③ ラルフ・ベイトン(アクロイドの義子、アクロイド殺し以降失踪)、④ セシル・アクロイド(アクロイドの義妹)、⑤ フロラ・アクロイド(セシルの娘、ポワロに捜査を依頼する)、そして、アクロイド家の従業員として、⑥ ジェフリー・レイモンド(執事)、⑦ ジョン・パーカー(執事)、⑧ ミス・ラッセル(家政婦)、⑨ アーシュラ・ボーン(小間使い)が、アクロイド家に関わる主要な登場人物です。


 さらに、⑩ ブラント少佐(アクロイドの友人)、⑪ ジェイムズ・シェパード(医師、本書は彼により書かれています)が、アクロイド家に関係しています。捜査関係者も外す訳にはいきません。過去の推理小説にも、犯人=探偵というトリックがありましたから。⑫ ラグラン(警部)、⑬ ポワロ(世界的に有名な探偵)、以上13人ですが、2人は、自殺または殺されていますので、11人です。


 その他のキャラクターとして、ジェイムズ・シェパードの姉であるキャロラインが登場します。なかなか愉快なキャラクターです。小説の幅を拡げています。全27章のうち、第24章でポワロは、集められた事件関係者に宣言します。


 「紳氏淑女のみなさん、今晩のわたしの集まりはこれで終わりといたします。でも、忘れないでください。――明日の朝になったら、わたしはラグラン警部に真相を報告します」(田村隆一氏訳) いわば、「読者への挑戦状」です。本格です。残り3章30ページほどです、真相が明らかになります。


 以下、完全にネタバレです。ただ、私を含めて、犯人が誰かを知って読んだ人がほとんどかと思います。


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 集まった事件関係者は帰っていきます。ポワロはシェパード医師("私")だけを残します。そして、ポワロは事件の真相を語り始めます。ひとつひとつの事実を検証していきます。犯人を指摘します。あなた(シェパード医師)だと・・・・。


 何度か再読したミステリです。トリック・犯人が分っていましても、何度か読む推理小説ってあります。クリスティがその典型でしょうか。推理小説である以上に、小説として面白いのです。イギリス伝統のストーリー・テリングに優れているせいでしょうか。当然再読に当たっては、伏線を中心に読むと同時に、犯人の心理描写が重点となります。


 この本につきましては、発表当時から、トリックをめぐり論争が繰り広げられました。1920年代に、ファイロ・ヴァンス・シリーズを書いたヴァン・ダインは「二十則」、ノックスは「十戒」を称揚します。ミステリの掟破りを戒めたものです。


 極端な例では、密室事件があったとしても、犯人が超能力者であり、テレポテーションで脱出した、ではミステリとして成立しえないというものです。当然十戒・二十則には、探偵が犯人であってはならないとしていますし、記述者が犯人というものも間接的に排除しています。読者が、容疑者から排除してしまうからです。


 その十戒・二十則は、「幻影城」などで江戸川乱歩も引用しています。基本的には、面白い推理小説を創って欲しいとの願いかと思います。叙述トリックは、現在多くの傑作を生み出しており、傑作も少なくありません。クリスティ作品中での「アクロイド殺し(アクロイド殺人事件)」の位置づけは、"意外な犯人"(フーダニット)ものの一つのトリックを提示したことにあると思います。


 「占星術殺人事件」の魅力は、"フーダニット"、"ハウダニット"だけにあるのではありません。これでもか、これでもかと読者をディレクション(方向性、誘導)していきます。事件の真相を、読者の鼻先に真相を突きつけるのです。何度か「読者への挑戦状」を突きつけられますと、嫌でも真相は見えてきます。"ハウダニット"が分れば、犯人はただひとりです。


 一方、叙述トリックの本質は、ミスディレクションにあります。言葉は悪いですが、"騙し(だまし)"です。叙述トリックは、本格推理で定着したと思います。あえて、フェアか、アンフェアかを問う必要がないと思えるのは私だけでしょうか。


 なお、本作品には、ピエール・バイヤールという著者による「アクロイドを殺したのはだれか」という作品もあります。シャーロキアンならぬ、クリスティアン(こんな言葉はありませんが)が書いたオマージュとも言うべき作品です。アクロイド殺しの犯人は、別にいた、という作品です。