第1246回「ねずみとり クリスティ著、ネタバレ」(中篇・戯曲)
第1246回は、「ねずみとり クリスティ著、ネタバレ」(中篇・戯曲)です。小説で読みたい方には、短編集「愛の探偵たち」(ハヤカワ文庫)に収録されていますので、手に入りやすい一冊かと思います。文庫で100ページと長めの短篇です。戯曲とほぼ同じ構成になっています。
小説か、戯曲か、私が再読する場合、多くは戯曲を選んでいます。独得の雰囲気があるのです。二幕ものですが、舞台は山荘の広間のみです。広間だけで、全ての劇が進行していくシンプルなスタイルです。当然、たった8人の登場人物が出たり入ったりします。
新婚夫婦のモリーとジャイルズは、新規に山荘を経営することにします。オープンの日、4人の予約客があります。幕が上がり、モリーとジャイルズは、忙しく働いています。ラジオがロンドンの殺人事件を報道しています。そして、待ちに待った客が到着し始めます。外は、雪が降っています。
ト書きから、登場人物の紹介をします(鳴海四郎氏の訳から、編集)。
① ジャイルズ・ロールストン(山荘の経営者)・・・・いくぶん尊大だが好感のもてる20代の青年。
② モリー・ロールストン(ジャイルズの妻)・・・・長身で美貌の若々しい女性、気取らない、20代。
③ クリストファー・レン・・・・野人的な感じの落ち着きのない青年。調子に乗りやすい、子供っぽい性格。
④ ボイル夫人・・・・大柄で堂々たる体躯の女、はなはだ不機嫌。口うるさいばあさん。
⑤ メトカーフ少佐・・・・中年で肩のいかった男、立ち居振る舞いすべてが軍人らしい。
⑥ ミス・ケースウェル・・・・男っぽい感じの若い女性。
⑦ パラビチーニ・・・・雪で事故ったため、"とびこみ"の宿泊客。色は浅黒く、外人風。エルキュール・ポワロをいくぶん背を高くした感じなので、観客に誤解を与えるかもしれない(原文のまま)。
サービス側のポリーとジャイルズ、5人の客たちは、随時会話を交わします。それぞれの個性が浮き上がる脚本になっています。第一幕第一場が終わり、幕が下ります。第二場は、同じ日の午後です。客同士の会話、経営者夫婦と客たちの話でドラマが進行します。登場人物のキャラクターが、より鮮明になっていきます。
外を刑事がスキーでやってくるのが見えます。メトカーフ少佐が電話をかけようとしますが、電話は不通です。刑事トロッター(⑧)が入ってきます。トロッター刑事は、全員を集め説明を始めます。
「昨日、ロンドンで殺人事件が発生した。被害者は、里親となり三人の子どもを引き取ったが、悪質な児童虐待で、その一人を死なせてしまった経緯がある。現場付近で手帳が発見され、この山荘の住所が書かれていた。さらに、三匹のめくらのネズミの歌が書かれており、被害者を第一のネズミとしている。犯人は、ここで第二、第三の犯行を企てている・・・・」と。
生き残った子どもは、男の子と女の子です。今では、2人とも無事成長しているはずです。そのうちの1人の単独犯か、それとも共犯か。虐待に関与した者として狙われているのは、7人の内の誰なのか。謎が一挙に提起されます。そして、子供たちを虐待した被害者に預けた責任者が殺されます。口うるさかったボイル夫人です。ここで、第一幕が終わり、幕が下ります。
ロンドンでの公演は、22000回を超えています。ケタ間違いではありません。いまなお記録を更新しています。観客の9割は、ストーリーを知っているのではないでしょうか。それでも、観客を魅了し続ける秘密とは何でしょうか。クリスティの描く世界を愛するものは、決してイギリス人に限られません。実に、ひとりひとりの登場人物が、実に生き生きと描かれているのです。
第2幕の幕が上がります。第一幕から10分後です。トロッター刑事は、全員の事情聴取を始めます。外は積雪のため、交通が遮断されていますし、電話線は、犯人(?)により切断されています。まさしく"孤絶した山荘"です。トロッターだけの尋問だけでなく、6人は、それぞれの憶測を語り合います。
以下、ラストまで書きますので、ネタバレとなります。
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トロッター刑事は、6人に語りかけます。ここにいた全員に機会(チャンス)があった。全員を疑っていると・・・・。トロッターは、モリーに結婚の経緯を問いただします。そう聞かれると、モリー自身、夫のことを知り尽くしているとは言えません。しかも、夫はロンドンに行っていた・・・・。
モリーは、クリストファー・レンと話します。クリストファーは、脱走兵であることを告白します。一方、モリーは、夫のジャイルズからロンドン行きをとがめられます。モリーにしろ、ジャイルズにしろ、ロンドンの殺人事件の犯人でありうるのです。とびこみで宿泊した外国人パラビチーニは、話し方といい、性格といいポワロそっくりです。とぼけたじいさんです。
そして、トロッター刑事がはいてきたスキー板が消失しています。トロッターは、6人を目前にして、「お前たちのひとりが犯人だ。そして、ねずみは3匹、もう1匹残っている。だが私には、誰が犯人で誰が狙われているのか分らない」 "三匹のめくらのネズミ"が尻尾を切られる童謡(マザーグース)が連想されます。
そして、トロッターは6人から再度事情聴取を続けます。そして、現場検証をします。ボイル殺害時の各人の行動を確認するためです。各人はその時の行動を再現します。殺されたボイル夫人役は、トロッター刑事が演じます。
そして、各人が散ったところで、犯人は動きます。トロッター刑事は、モリーに声をかけます。子どもが虐待死した時、モリーが何もしなかったことを、なじります。モリーは、当時教師だったのです。当時呆然として、何もできなかったのです。トロッターは拳銃を取り出します。イギリスの警官は当時銃を所持しなかったのです(今は?)。では、「警官ではないの」と、モリーは疑問をぶつけます。
トロッターは、口笛で"三匹のめくらのネズミ"を吹きます・・・・。その時、ミス・ケースウェルとメルカーフ少佐が現われます。ケースウェルはトロッターの姉だったのです。メルカーフ少佐こそが、刑事だったのです。山荘を予約していた本当のメルカーフから、名前を借りていたのです。電話の不通が、第2の殺人を防げなかったのです(やや疑問を残しますが)。
トロッターは、心を病んでいます。精神病院に収容されることを暗示して物語は終わります。では、モリーはなぜ夫に隠れて、ロンドンに行ったのでしょうか。実は、結婚記念日のプレゼントを買いに行っていたのです。では、ジャイルズは、・・・・。