愛鷹山とホツマの時代の接点。古代文明はここから激変した! | ひなさんのブログ

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さて、

「愛鷹山文明」現地へ

7月16日もあとわずか。

 

愛鷹山の文明の古代の氣と語り合う時が近づいてきました。

 

今月に入り、また新たな動きがありましたひらめき電球

 

私の恩師から受け継いだある詞の全容解明ができました。

 

 

(このタイミングで?!

これはもう愛鷹山に祈りに行く時に使うためなんだ)

 

ということで、敢えて詳しく書きません。

 

「縁」なので・・・

 

 

 

『ほつまつたゑ』14アヤの内容と非常に関わります。

 

 

7月16日 9:30~11:30

「愛鷹山文明と『ほつまつたゑ』の接点」

 

いよいよ初回スタート!!

 

 

9:30~愛鷹とハラミ山、弥生末期に消された日本史のセミナー

~縄文『ほつまつたゑ』の次の時代の古代からの声~

 

昼食休憩60分

 

13:00~愛鷹山文明に関わる神社へ(希望者のみ)

交通手段はお任せください!

 

※午前中のセミナーのみの出席もOKですドキドキ

 

キーワードだけ載せておきます。

キーワードが気になった方で、7月16日にお出かけしてみようかな・・・

と思い立った方・・・

 

コメントによるメッセージかメール、あるいは電話くださいドキドキ

 

♯かぐや姫

月ではなく富士山(かぐやま)に昇天した伝説

 

♯かぐのふみ

ウガヤフキアワセズが天照大御神より賜った(二十七アヤ)

 

♯しらほね

皇統を継ぐ「男系」皇子

 

♯ひふみよゐむなやこと

この十までの数え歌は『十種なる振る祈詞』にある意味だけじゃなかった!

 

♯谷のサクラウチと大山祇神(山)

「谷」と「山」は同族。結ぶはそれぞれの娘たち。

 

 

 

ホツマの時代は天照大御神を中心とした縄文時代の智恵。

 

でもこれは、開けた現代には使いにくい。

縄文の生活や思想は理想論。

 

でも大切なの・・・

 

じゃあどうしたらいい?

 

そこで愛鷹から富士山に残された伝承がある?

現代版『ほつまつたゑ』か?

 

「富士文書」(徐福文書)

 

でも残念ながら「富士文書」は大幅に書き変えていました。『ほつまつたゑ』と合わないのです。

 

例えば、素戔嗚尊は日本人じゃなく朝鮮から来た王だとか・・・

私は出雲神話を利用した偽日本史だと思います。

 

 

『ほつまつたゑ』と出雲神話の間を埋める歴史書は未だに出てきていません。

 

それは『ほつまつたゑ』にも書かれている三つの書をぞれぞれの一族に書かせて、一つが消失してもどれかが残るようにと・・・

 

『ほつまつたゑ』・・・ヲヲタタネコの一族が記した 

『みかさふみ』・・・ヲヲカシマ(アメノコヤネの子孫)が記した

『かぐみはた』・・・景行天皇自らが記した

 

の三書の内、『かぐみはた』だけ全くない。

『ほつまつたゑ』二十七アヤにある『かぐのふみ』と、『かぐみはた』は同じ?

「かぐ」で共通。「かぐ」とは「橘」の木のことです。

つまり「みかん」のような、輪切りにしたら「菊」の花のようになるでしょ。

現在の皇室の紋は「16菊花弁」ですが、「かぐ」の時代までは皇室象徴は「橘の実」でした。

 

これが「常世の木」「常世の花」「常世の実」です。

元は東北にあったのです。これが徐福が探していたと書き変えた永遠なる「いのちの木」なのです。

 

「かぐ」の名がつく「おおやまかぐつみ神」とは、神奈川県大山に居た神です。

 

富士山と大山を繋いだ女神たち。さて、その女神たちの名は?

 

瀬織津姫、木花開耶姫、岩長姫、おとたちばな姫です。

そこには何が見えてくるのか?

相手の夫神、そう重要な天皇や皇子なのです。

 

何を守ろうとしていたのか?

全て解明しました。(ただし私論ですけど)

 

なぜ今、この解明が必要なのか。

それは私たちの健康に生活に密接に関わるからです。

セミナーでお話しします。

 

 

景行天皇の時代以降、日本はヤマト王朝へと変化して行きました。

日本中央のハラミ国(富士山より東側周辺)から九州のウガヤフキアワセズの時代へ。

 

そして神武東征によりヤマト朝廷へ・・・

 

この間、日本の中央政府は拠点も歴史も思想も大きく変わった。

 

その間を埋める確かな証拠の史書『かぐみはた』なる書が世に出て来ることを信じて!

 

サッカー決勝トーナメントの奇跡も信じていますドキドキ