“まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている”

の書き出しで始まる

司馬遼太郎の名作『坂の上の雲』。

小説は読んでいなくても、

以前、ＮＨＫでスペシャルドラマ化されたので、ご存知の方も多いのではないだろうか。

物語は、明治維新により新しい国家となった日本が、日露戦争で強国ロシアを破るまでが舞台となっている。

映像化の話は何度もあったそうなのだが、

司馬遼太郎は、軍国主義を賛美する作品と誤解されるのを恐れ、すべて断わってきたそうだ。

それを、司馬の死後もＮＨＫが司馬遼太郎記念財団や遺族とねばり強く交渉した結果、

ようやく許諾が得られ、ドラマ化に漕ぎ着けたという経緯がある。

戦争を題材にすると、すぐ “軍国主義” だの “戦争賛美” だのと騒ぐ近視眼的な人たちがいて困るが、

『坂の上の雲』を読んだ人、またはドラマで観た人なら決してそんな作品でないことがわかるだろう。

『坂の上の雲』は、明治新国家の誕生という未曾有の転換期に居合わせた日本人の昂揚の時代を、

軍人の秋山好古・真之兄弟と俳人の正岡子規の視点を軸に描いているのだ。

戦争はその背景にすぎない。

※NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』

第1部 2009年11月29日~12月27日放送

第2部 2010年12月5日~12月26日放送

第3部 2011年12月4日~12月25日放送

明治維新前の日本も国であり、同じように人々が住んでいた。

ただ、その “クニ” のかたちは領主である諸侯の集合体であり、人々は身分が固定された “領民” であった。

それが、明治の新国家日本の下で “四民平等” となり “国民” となった。

国家と国民が近代国家として西欧列国に並ぼうと、一致した理念と目標を持って邁進した時代、

その純粋なまでの熱気と昂揚、それを『坂の上の雲』は描きたかったのである。

なぜ今、急に『坂の上の雲』の話をしたかというと、

現在の日本を取り巻く状況に、明るい展望が見い出せないからだ。

とくに少子化の問題は深刻で、このままいけば国力の低下は避けられないばかりか、

日本という国の存続自体が危ぶまれる。

そのせいか、今の日本に活力が感じられない。

どこか沈滞している。

なぜ、こんな事態になってしまったのだろうか。

さまざまな原因が考えられると思うが、

楽天的すぎるまでの理想をもって生きた明治の先人たちが、眩しく感じられてならない。

あの時代のように、国家も国民も熱気と躍動感にあふれた

生き生きとした日々が、日本に再び来ることはあるのだろうか。

ドラマ『坂の上の雲』のオープニングでは、

小説の有名な書き出しと後書きの文章に加え、物語のテーマとなっている要素を巧みに織り交ぜたナレーションが流れる。

(俳優の渡辺謙さんが朗読している)

非常に名文なので、ここに掲載して今回のブログの締めくくりとしたい。

(長いので一部割愛)

“まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている。

小さな、といえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。

産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年の読書階級であった旧士族しかなかった。

明治維新によって、日本人ははじめて近代的な「国家」というものをもった。

だれもが「国民」になった。

不馴れながら「国民」になった日本人たちは、日本史上の最初の体験者としてその新鮮さに昂揚した。

この痛々しいばかりの昂揚がわからなければ、この段階の歴史はわからない。

社会のどういう階層のどういう家の子でも、ある一定の資格を取る為に必要な記憶力と根気さえあれば、博士にも官吏にも軍人にも教師にもなり得た。

この時代の明るさは、こういう楽天主義から来ている。

今から思えば実に滑稽なことに、コメと絹の他に主要産業のない国家の連中は、ヨーロッパ先進国と同じ海軍を持とうとした。

陸軍も同様である。

財政の成り立つはずがない。

が、ともかくも近代国家を作り上げようというのは、元々維新成立の大目的であったし、維新後の新国民の少年のような希望であった。

彼らは、明治という時代人の体質で、前をのみ見つめながら歩く。

のぼってゆく坂の上の青い天に

もし一朶 (いちだ) の白い雲がかがやいているとすれば、

それのみを見つめて坂をのぼってゆくであろう”

『坂の上の雲』の時代