残像 | Halloween!Commando☆2021

Halloween!Commando☆-scene1-1




はじめてそれを見つけたのは子供の頃だ。
まだ親も友達も村の人々もまわりにはたくさんの人間が溢れていて、明るくて騒がしい毎日があたりまえにいつまでも続くのものだとそれほどの意識もせず暮らしていた頃。
村の外れ、あまり訪れる者もない墓地の向こう側、朽ちかけた屋敷があることにはそのずっと前から気づいていた。


その日は誰の姿もなく一人きりで、退屈にまかせぶらぶらと散歩みたいにその屋敷に近づいたのだった。
どこからみてもひとけのないお化け屋敷みたいな外観なのに不思議と怖くはなかった。

秋の初め、咲き始めたコスモスの花が屋敷を覆い隠すほど育っているせいか、そこはなんだか温かい場所に見えたのかもしれない。
西日はまだ高い。一人きりでもだから平気だった。
ゆっくり朽ちたドアの隙間から中をうかがうとやはり天井もあちこち朽ちているせいか、案外隙間から差し込む光が明るく室内をみせている。人の気配も化け物の気配も感じられない。
奇妙なほど明るい。
だから勇気づけられてそのまま隙間から中にそっと侵入した。


床もひどく朽ちている。
それでも足音を立てぬようそっと歩けば、子供の体重くらいは支えてくれるようでひっそりとした静寂はそのまま。広い美しかっただろう玄関ホールからぐるりと回廊が奥へと伸び、大きな階段が二階へ続く。大きな屋敷だ。
多分貴族の館だったのだろう、重そうな甲冑や銅像の残骸がいくつもひっそり主のことを語るでもなく眠っている。まだ朽ちはてていない暗い壁にもいくつもの肖像画がずっと回廊の向こう側までかけられているようだ。
暗く薄黒く、その中には判別のつかないものがほとんどでかすかにみえるものもぼろぼろに虫食いだらけだったけれど、色彩の残るのはそんな古い絵ばかりだったのでじっくりひとつひとつ眺めてみた。
この館の昔からの住人達の絵なのだろうか、どれも古い昔風の衣装を纏ってひっそり黙り込んでいる。
お姫さまみたいなドレスは子供の目にもまだ綺麗で、白いご婦人の顔はかすかにほほえんでいるよう。
恰幅の良い紳士も幾人もいた。


そんな印象的な絵を次々と見て行くと廊下のつきあたりにひとつだけ、色のない絵がみえた。
その絵の中はほとんど黒づくめでまるで色彩を否定しているようにモノクロームの世界が広がる。今までみてきた絵とはどれとも似ていない人物がそこにいた。
そんな白と黒の世界に生きているというのに絵の中の青年は圧倒されるほど印象的で、みつめたら視線を外すことがてきなかった。
どうしてかはわからなかったけれど。
だからじっとその場に佇んだまま、ふいに落ち始めた夕闇に驚いてそこを逃げ出すのはもうかなり長い時間をその絵の前で過ごした後だった。
夜はふいに世界を変える。
慌ててそこを逃げ出した。



Halloween!Commando☆-scene1-2



それから何度もその絵を見に行った。
こっそりと誰にも気づかれないようにして何度も何度も。
理由なんてわからなっかったけれど、どうしてもそうせずにはいられなかった。
けれどそんな密やかな時間も子供時代がそろそろ終わるという頃あっさり終止符を打った。もう飽きたからとか、違う場所へ移ったからとかそんな理由ではなくこの村まるごとの突然時間が止まったからだった。


首都で起きた大きな戦はこんな小さな村など一瞬に廃墟に変える。
もう生きているのはひっそりと地に生きる者たちばかり。鳥すら通わない。
意識を無くしたのは頭上にぴかりと光る大きな火をみた瞬間。
死んだことさえ気づかなかった。
それなのに眠りから覚めたようにふと意識を取り戻した時、それがいったいどんな意味をもつかとか自分が何者なのかとかすらわからなかった。


焼け野原の地に肉の無い身体。
昼の光のなかでは眠ったように動けなくて、月の光に眼を覚ますそんな存在。
同じものはひとつもいなくて、ただ虫が鳴いていた。
それからずっと時は止まったままだったのに、彷徨い歩く闇の眼に墓場と崩れかけた廃墟がぽつんと入ってきて、そこであの絵に再会した瞬間すべてわかった。過去も今もこれから先も。


痛くて淋しくて消えてしまいたかった。
泣き叫びかけだしたかった。
けれど、願いのひとつも叶えられることはない。
幾日も幾日も永遠に哀しみは続くのだと。
絶望しか仲間がいないとそう思っていたのに。

昔のようにただあの絵を眺めるだけで、癒しようのない痛みが和らいでゆくことを続く暗い夜の中で知った。


それからずっと神さまの国に入れないこの身と、やはり神さまに見放されたように取り残されたあの絵の青年と。
暗く温かい闇の中で言葉を交わすこともなくひっそりとただ見つめあうのだ。
どちらかが朽ち果てるその瞬間まで。