今日二郎行く予定だったけど休みだったから予定変更線。

なので当初くる予定だった小牧のじも友来なくて友裕一安心!(てへっ)

てか石原なんだよあいつ。来る的なコトいっといて、そんなこと言ってないとか小牧に言ってたらしいし!
ま、石原がここに居ないから言わせてもらうけどね。

んで結局日の出らーめん行って「ガッツ麺百年伝説」なるものを食ってきた。
普通って言ったのに大盛りできた。食えねーよ(笑)いや食えたんだけどね(爆)

前回問題だったマヨチャーシューは一瞬で殺害。こいつは殺しとくに限る。

夏verみたいにドライカレーが乗ってなくてよかった。やはり強敵はドライカレー!
ところで魚介粉末は美味かった。小牧が美味いって言ったんだから間違いはないだろう。

やはり来るのが「鬱タイム」...
残り一割くらいのとこで来た...でも酢とガッツ麺用タレのおかげでオレはがんばれた。彼らの力が無ければ、オレはまたガッツ麺に負けていた...!

特に魚介粉末!
お前は吉良吉影戦の広瀬康一ばりにがんばってくれたっ!
お前がいなきゃ吉良は倒せなかった!承太郎が言うのだから間違いはないだろう。

やはりガッツ麺は美味い。されど剛つけの方が普通に美味いんじゃね?

とにかく今度は剛満つけ麺を食おう。
いや...「美味い」より「旨い」だな...
オレは「負けず嫌い」だ。

努力を惜しむ「負けず嫌い」だ。

そもそも、本当の負けず嫌いは努力などしない。

全くしないというわけではないが、「次は負けないようにがんばるぞ!」などという思考には直結しない。
あくまでもそれは「負けない」ための一つの手段であり、全てではない。さらに、確実でもない。

負けず嫌いが基本的にとる「負けない」ための手段は、「放棄」だ。

それが最も確実的かつ容易。これに勝る手段は無い。

しかし何故世の負けず嫌いは「負けず嫌い」なのか。

それは彼らが知っているからである。

努力の上の勝利がもたらす快感をー

「負けず嫌い」は負けず嫌いではない。

彼らが望むのはあくまで勝利。

彼らは快感を求める。

それは自慰行為と変わらない。

いやはっきり言えば自慰行為だ。

自慰行為に違いない。

絶対自慰行為だ。



此の世の中は、
いや正確にいうなら我々が見ている風景は、偽りのものである。

ただ物体が光の波(正確に証明されてはいないが、ここでは波であるコトを前提にさせてもらう)を反射しその反射光を私たちの眼が受け取り、電気信号によって脳に伝えられるだけだ。

つまり、此の世の物体に色という概念は存在しないのかもしれない、いや存在しないだろう。
普段赤色に見えているマグカップも、太陽などから受け取った光の赤以外を吸収し、赤を反射、そして私たちの眼に届く。
簡単に言うなら「光を当てると赤色にひかるっ!」
そんなようなものだ。

結局何が言いたいのかというと、此の世は視覚などでは到底表せない。
人間の五感全てを駆使しても此の世の全てを「見る」のは難しいだろう。
しかしいままで私の考えを色々言わせてもらったが、あくまでこれは物理的な話であって、その前提にはより絶大な「嘘」がある。

もし今やっているコト
言っているコト全てが「夢だったら」...。

私たちは何を信じて生きていくのか。
有名な哲学者は、人間の行動を全て「夢だ」「夢だ」と疑っていった時、その最後に残る最も確かな事象は「自分が疑うこと」だと言う...。
だがしかし「自分が疑うこと」を信じてどうやって生きていくのか?

私は嘘の世の中でもいい。
例えそれが偽りの幸せだとしても、私はその幸せを精一杯信じていこう。
それが世界の創造者である「神(ここでは概念としての)」に対する「感謝」ではないのだろうか...。




どう?
頭良さそうじゃね?オレ。