今日は1日、気分が晴れなかった。
認めたくないけれど理由ははっきりしていて、職場結婚した前職の後輩に子どもが産まれたことを知ったからだ。
知り合いの幸せに触れると、嬉しい気持ち、祝福する気持ちも確かにあるのに、その反面、抑え切れない負の気持ちで心が染まる。
羨ましい。妬ましい。悔しい。
考えたくないのに、そんな思いが溢れ出し、暗く性格の悪い自分に気分が悪くなる。
それぞれの夫婦にそれぞれの事情があるというのは頭ではわかっている。
どんなに幸せそうに見えても、きっといろんな悩みがあり、問題だって抱えている。
でも、どの夫婦もみんな、私よりは幸せに決まってる。
そう思ってしまうのが止められない。
その理由は、私の結婚の経緯にある。
この話は本当はネットであっても書きたくない。
すごく恥ずかしいから。
後悔しているから。
自己嫌悪で死にたくなるから。
でもここには全て書くと決めたから、次の記事で書こうと思う。
何かにつけて人を羨ましく思ってしまうこの卑しい気持ちが捨てられたら、きっともっと幸せになれるのだろう。
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◾︎食事記録
<朝食>
・ハムチーズトースト
・肉団子2個
<お弁当>
・白米
・肉団子
・かぼちゃの煮物
・枝豆
<夕食>
・うどん(卵)
<間食>
・m&m'sピーナッツ
・ノアール
また、間食してしまった…。
何故私はこんなに意志が弱いのか?
言い訳すると、仕事中頭痛が酷く、子どもが少し風邪気味の為うつったのか体調が良くなかったので、ごまかすために食べてしまったのだ。
ああ…ダイエットとはなんぞや。
しかしなんと、明日の同窓会が我が子の体調不良により延期になっ た。
またがんば…頑張れるのか…いやしかし…いや、頑張る。
今日は退勤後子どもを迎えに行き、そのまま耳鼻科へ連れて行く忙しない仕事後だった。
帰りも遅くなるので外食で済ませたくなったが、誘惑を振り切り、子どもと買い物へ行って夕飯をそこそこ作ったのは私としてはよくやったと思う。
私は、フルタイム正社員で働きながら子どものことも家のことも完璧にできるような母親では全くない。料理の技術も平均かちょっと下くらいだ。
でも夕飯づくりを放棄すると罪悪感が募り、また自分を嫌いになるので、できるかぎりキッチンへ向かうのである。
今日はパパっと3品作ったので頑張った方です。
あ、あと溜まった仕事を片付けるため、5:30に起きて会社に1時間以上早く行けた!
毎日遅れ気味出社(フレックスなので遅刻ではない)な私には快挙である 。
有言実行できた日は、少しいい気分。
ダイエットも早くもダレてきたが、とりあえず記録しておこう。
◼︎食事記録
<朝食>
・納豆卵かけご飯
<昼食>
・緑黄色野菜サラダ@ローソン
・いくらおにぎり@ローソン
<夕食>
・かぼちゃの煮物
・赤魚の粕漬け(ほんのちょっと)
・水菜とエリンギのたまご炒め(同上)
<間食>
m&m'sピーナッツ(一袋)
…穀美菜は? 何故ダイエット中にm&m's? と自分でも突っ込みたく内容だが、疲れてくると食べたくなってしまう、これがまさに突き抜けて意志薄弱な私という人間なのである。
昼、夜はある程度努力して節制したつもりだけれど、チョコレートはないよな。
食べた直後にハッと我に返り、死ぬほど後悔し、また余計自分が嫌いになるのだ。
我ながらいい加減にしたい。
先日の精神不安定はやはり生理前現象だった模様。
生理が終われば痩せ期が来るので、一歩一歩諦めずにやっていこう。
同窓会には間に合わないだろうけど。
やっぱり少し書く。
本当に、昨年か今年のことだ。
自分がなんの魅力もない人間だと気付いてしまったのは。
夫に繰り返しそう指摘されたからというのもあるが、
自分にも心当たりがあるからこそ、納得せざるを得なかった。
私は友人と会う時必ず自分が誘う側だった。
友人たちが好きだったし、おしゃべりするのも大好きだし、
会いたいという気持ちが強かったから気にならなかった。
「誘う」という行動を取れる自分も、活動的で、嫌いではなかった。
でも夫と結婚してから、少しずつ心に引っかかるようになってきたのだ。
夫との結婚では、私を様々な変化が襲い、様々なものを失った。
引っかかるようになったのもその変化のひとつだ。
結婚時のいざこざによって、自分の劣悪な人格や未成熟な精神状態が白日の下に晒されることとなり、今まで目を逸らしていたものが見えてきたのだと思う。
こちらから誘って会うと、こんな私と「会ってくれている」のだと感じ、ストレスや劣等感を覚えるようになった。そして誘うのをやめると、見事に人と会う機会は減った。私は「会いたい」と思うから誘ってきた。でも私に同じ気持ちを寄せてくれる友人知人は殆どいなかったのだ。
私は、知り合った縁を非常に大切に思う性質だ。多分、必要以上に。
一度つながったら誰ともその縁を切りたくない。だから、出会いから時が経ち、おそらく私を知人程度に思っているだろう相手へも、自分から「会いたい」と連絡する。ひとりひとりが、私の人生において重要な位置を占め、その存在は輝いている。
でも多くの場合、相手にとっては私は人生を通過していった大勢の中のひとりでしかない。
理由はわかる。私にそれ以上の価値を感じてもらえる要素がないからだ。
私は家庭環境、そして育成環境から、自尊心が高かった。
それなりに自分に自信があって、意見も強いし、多分、自慢も多かったと思う(私は自慢されることに非常に嫌悪感を覚えるのだが、完全に同族嫌悪なのである)。その一方で、自分を卑下し、人生への悲観を大げさに口にすることも多かった。要するに愚痴が多いのだ。
そして、欠損家庭に育った人間によく見られるように、恋愛に傾倒する傾向があった。承認欲求が異常に強いので、異性からチヤホヤされることをステータスと感じる部分があった。独身時代は友人と会う度に恋愛の話ばかりしていた。恋愛によって大きく精神状態が左右され、うまくいかなくなると気分が落ちに落ち、様々な友人たちを呼び出しては悲しみをぶつけていた。
それでも、相手側の話にも真剣に耳を傾け、どんな恋も前向きに応援するので、その点は必要とされていたし喜ばれていたと思う。
しかし我々はもうそんな年代ではなくなったのだ。
自分も含め周りも概ね結婚したし、独身の友人にしても、恋愛が大きく生活の比重を占めるような年齢ではないのだ。
恋愛と、自分が如何に不幸かしか語れない薄っぺらな私は、友人たちから必要とされなくなった。それと同時に、自分は友人が多いと信じていたのが思い違いだったことにも気づいた。本当の友人なら、そもそも必要か必要でないかでは判断されないのだ。私に自然と会いたいと感じてくれる人は殆どいなかった。自分はそう思われる人間ではなかった。それが事実だ。
最初はその事実を受け入れられなかった。
"私はみんな大好きなのに、なぜ同じように私を求めてくれない?"
自分勝手だが腹立たしささえ覚えた。
でも今は、それは当たり前だとわかる。
だって私の友人たちは本当にみんな素敵で、尊敬すべき、素晴らしい人ばかりなのだ。これは昔から一貫して感じていることで、私の自慢でもあった。
私は多分、そんな人たちと一緒にいることで、自分も同類になれたような気になっていたのだと思う。
実際には、そんな素晴らしい人たちから私が必要とされる訳はないのだ。そんな価値のある人間ではないのだ。
この現実はもうずっと、私を苦しめている。
私は今、相手から誘われた時だけ友人と会うようにしている。傷つかないように。自分を守るために。自尊心を保つために。誘われると、心が浮き上がるように嬉しい。
そしてそういう時は、また相手が私と会いたいと思ってくれるように、良い人間を精一杯演じている。
疲弊して帰宅する。ひとつひとつの発言を振り返り、評価し、反省し、悔い、また疲弊する。
夫とも心の交流はない。
子どもに対しては私は母親という演者だ。
世界中で、私が本音で話せる相手は、大げさでなく誰ひとりいない。
果てしない孤独。それが今の私の人生である。
必要とされる人間になりたい。
その思いを心の中に時に煌めかせ、時に燻ぶらせ、生きている。
<朝食>
・トースト(チーズとベーコンのせ)
・からあげ1個
・野菜ジュース
<昼食>
お弁当
・白米
・からあげ2個
・玉子焼き
・枝豆
<夕食>
穀美菜
<間食>
・チョコラBBスパークリング
・お土産のお菓子2個
・カフェオレ(パック)
◼︎体重(朝)
61.0kg
朝から全身疲労感が強かったので栄養ドリンクを買って行こうとしたら時間がなく、職場で買えるチョコラBBになってしまった。
色々書きたいことは浮かぶが、平日はPCをつける時間がない。
スマホで打つのには気力が足りない。ジレンマ。
仕事が溜まっているので明日から少し早めに出勤予定。
少しだけバンドリやって寝よう。
職場での自分についても、そのうち触れていきたい。
昨夜眠れずほぼ完徹だったので、そろそろ寝よう。
寝付けるといいなあ。
昼食はもともと、平日にドリンクのみでは仕事がままならないと考え、いつも通りか少なめの量で摂取すると決めていた。
(ほぼお弁当持参なのでそんなにカロリーは高くない)
問題は夜で、私が残業で息子を保育園に迎えに行くのが遅くなり、逆に夫はいつもよりかなり早く帰ってきてお互いの帰宅がほぼ同じ時間になったため、家族でサイゼリアに行ってしまった。
内容は自重したものの、満腹感が罪悪感を煽る。
◼︎食事記録
<朝食>
白身魚の西京焼き、白米
※夜中寝付けず、朝方これを食べてからうとうとすることになった
<昼食>
お弁当
・白米
・卵焼き
・ほうれん草のおひたし
・鮭の西京焼き
<夕食>
サイゼリア
・青豆の温サラダ
・真イカのパプリカソース
・辛味チキン(3切れ)
<間食>
職場で、お土産のお菓子ふたつ
西京焼きが続いているのは、先日実母と会った時に魚久(スマホからでリンクの貼り方がわからない。 とかでいけたり?)の西京焼きをお土産にくれたためだ。
西京焼き、大好き。
今日、息子と話していて、流れで胎内記憶に関する質問をすることになってしまった。
胎内記憶の話は知っている方も多いと思いますが、「子どもが母親のお腹にいた時の記憶を持ち、その話をする」こと。
聞き出すには会話が成り立つくらいには成長している必要があるものの、成長しすぎると無意識に作り話をする可能性もある為、確認するタイミングは難しいと言われている。何度も聞くと本人の記憶も曖昧になってきて、やはり意図せず作り話に変わったりすることもあるようだ。
さて、息子との会話の内容はこうだ。
私「〇〇ちゃん、大きくなったねー」
子「大きくなった?(前は)小さかった?」
私「小さかったよー。こーんなに小さかったんだよ。ママのお腹に入ってたんだもん。ママのお腹にいたの覚えてる?」
子「覚えてる!」
私「ママのお腹の中にいたの?」
子「うん!」
私「ママのお腹の中どうだった?」
子「ぁぇー……(数秒、躊躇。薄ら笑い)。…ろかった!」←"か"にアクセント
私「ん? もう一回言って」
子「ろかった!」
私「"ろかった"?」
子「うん!」
私「"よかった"?」
子「よかった!」
息子とはだいぶ会話が成り立つものの、まだ発音がうまくない音もあったり、こちらの言葉を反芻することも多いので、胎内記憶については本当はもっとおはなしが上手になってから聞いてみるつもりだった。なので、「ママのお腹の中にいたの覚えてる?」と私から尋ねた時、内心しまった、と思ったのだが、後に引けず続けてしまった。
正直、子どもの「覚えてる!」の発言は上記の通り私の質問した言葉をただ繰り返した可能性が大いにあるため、信ぴょう性は低い。
「よかった」についても、私が子どもの発した「ろかった」から誘導して言わせてしまったので、違う意味合いであったことも考えられる。
それより私が神秘性を感じたのは、「どうだった?」と聞いた時に不思議な笑い方で答えを躊躇したことだ。もちろん「どうだった?」というオープンクエスチョンに対応しきれなかったからという可能性もあるが、これまでにあまり見たことのない態度だった。
胎内記憶に関しての逸話のひとつに「生まれる際、神様からお腹の中にいた時の話は口止めされている」というものがある。
それは、普段の会話が高度に成り立つ子どもの場合でも、胎内記憶に関することだけ曖昧に答えたり、困ったような態度をとったり、ごまかしたりすることから考えられたことで、すらすら答えた子どもは実は神様の言いつけに反しているということになるらしい。
もちろんソースのない話にはなるわけだが、その時息子がとった態度は上記の逸話を彷彿とさせ、なんとなくぞくっとなった。
「この子は、答えていいか迷っているのかな。神様の言いつけを守ろうとしているのかな、よいこだな」なんて考えが頭に浮かんだ。
私は無宗教だけれど、命の誕生に関することは神秘を感じることが否応なく多いから、こんな話を信じるのも悪くないと思っている。
3歳になってから、もう一回だけ聞いてみたいなあ。
そういえば今日からダイエットの手段として、ファンケルのサプリ「パーフェクトスリム」を追加。
これは以前から飲んでいて、少し前に切らしていたのだが今日改めて購入してきた。
「こいつサプリまで頼ってるよw」と思われた方もいるかもしれないが、これは私にはとてもよく効く。実績あり。今年、ファンケルに勤めている知人からプレゼントされて試したところ、どれだけ食事を減らしてもビクともしなかった体重が、するっと2kg減ったのだ。私はとてつもなく代謝が悪いので(岩盤浴でもじんわりとしか汗が出ない程)、代謝を上げるこのサプリが合っていたのだと思う。
これもしっかり、1日6粒、しばらく続けていこうと思います。