無駄な反論というか,クレームを長文でいただくことがあるので,あまりお手間を取らせないために,無駄であることを書いておく。


①「学科能力が高くても教えるのがうまくないとね」

②「解釈の違いでしょ」

 ①だが,予備校講師が学科能力の必要性を訴えるときに,教えるのがうまいとかへたとかを忘れて語る人なんているのかな? 少なくとも私はそんなバカバカしいことは超越してるというか,口に出すほどのことではないと考えている。だいたい,知識が足りないが教え方はうまい講師とかありえない。十分な学科知識は教えるのがうまい講師の必要条件だから。①のような反論は子供レベルとみなしている。

 ②についてだが,これもまともな講師で,ただ一つの解釈と断定していいのか,他にもそこそこ普及している別の解釈があり得るのか,注意していない講師なんかいないだろう。私は後者ならさらに,上位のクラスならすべての解釈を紹介したりとか,下位のクラスなら種々の影響を考慮して一部しか紹介しないとか工夫をする。本ブログの「奇妙な受験生物学」において私がただ一つの解釈を断定的に述べている部分は,他の解釈など存在しないか,あったとしても無視できるほどマイナーな意見だからである。それでも私も間違ってしまうことはあるので,この種の反論は何についてなのか具体的にお願いしたい。

 実は,②は私に否定された講師の常套句なのだが。

 前回のブログで,神経を刺激しているのに筋肉を刺激しているような解説の問題集を批判した。とても重要なことだからだ。次に,神経を刺激しているのか筋肉を刺激しているのかが重要な問題を紹介する。

問題 

 脊椎動物は,心臓・血管・リンパ管をもちいて体液を循環させている。心臓は血液を循環させるはたらきを担っている。心臓の拍動の調節のしくみを調べるため,カエルの心臓を使って実験1~4を行った(図1)



あぶない予備校生物学

実験1 カエルの心臓の拍動は,2種類の自律神経である神経Xと神経Yを含む心臓神経で調節されている。カエルの心臓を心臓神経を付けた状態で取り出し,リンガー液中に浸したところ,心臓は拍動を続けた。

実験2 神経Yのはたらきを抑える化学物質をリンガー液に加えて心臓神経を電気刺激すると,拍動が遅くなった。この心臓を取り除き,拍動している別の心臓をこのリンガー液に浸したところ,その拍動も遅くなった。

実験3 神経Xのはたらきを抑える化学物質をリンガー液に加えて心臓神経を電気刺激したところ,拍動は速くなった。

実験4 心臓を直接電気刺激すると,刺激している間は拍動が乱れたが,刺激をやめると拍動はすぐに元にもどった。

問3 実験1~4の結果の説明として最も適当なものを一つ選べ。

① 取り出した心臓がリンガー液中で拍動するには,常に神経XとYのはたらきが必要である。

② 電気刺激された神経Xを介して心臓が電気刺激され,拍動を遅くする化学物質が心臓から放出された。

③ 神経Xが電気刺激されたことで,拍動を遅くする化学物質が神経Xの末端から放出された。

④ 神経Xが電気刺激されたことで,拍動を遅くする化学物質が神経Yの末端から放出された。

⑤ 神経Xが電気刺激されたことで,化学物質が神経Xの末端から放出され,それが別の心臓の神経Yを刺激して拍動を遅くした。




 本問は一見考察問題のようだが,実は考察するのは,神経Xが副交感神経,神経Yが交感神経であることだけで,あとはすべて教科書レベルの知識で解ける。

実験1:心臓の右心房壁に独自に拍動のリズムを作り出す洞房結節(「とうぼうけっせつ」と読む)があるのだから当たり前だ。(厳密にはカエルでは洞房結節とはいわない)

実験2:Yを抑制すると拍動が遅くなった。これはYの,拍動を速めるはたらきが抑制されたと考えられるので,Yは交感神経である。

実験3:同様の考え方で,Xは副交感神経とわかる。

実験4:筋肉は外部からの電気刺激で収縮する。洞房結節の作用で一定のリズムで収縮と弛緩を繰り返しているところに電気刺激を与えるのですから拍動が乱れるのは当然である。

① 実験1から否定できるが,知識で否定すべきであろう。心臓は神経とは無関係に一定のリズムで拍動する。これを心臓の自動性と言う。自動性の中枢は(ヒトでは)洞房結節である。

② ちょっと騙されそうな文である。神経を介して心臓を電気刺激することはできない。それに,心臓という筋肉が電気刺激されたらリズムとは別の収縮が起こって拍動が乱れるはずだ。副交感神経である神経Xを刺激したら,拍動が遅くなるのであって,乱れることはない。この程度の知識は持っていて欲しい。心臓が拍動を遅くする物質(アセチルコリン)を放出するもおかしい。誤りだらけの選択肢である。

③副交感神経である神経Xを刺激したら,拍動を遅くする物質アセチルコリンが末端から出る,といっている。教科書レベルの知識で間違っていないことがわかる。

④副交感神経のXの興奮によって,交感神経Yからアセチルコリンが放出・・・。もうめちゃくちゃで,わかりやすい誤りである。

⑤実験2を説明しているフリの選択肢である。前半はまちがってないのだが,後半で,アセチルコリンが交感神経Yを刺激して,といっているので,これも教科書レベルで否定できる。

 以上より,正解の選択肢は③だとわかる。刺激部位が,神経なのか心臓という筋肉なのかちゃんと区別する必要のある問題だということが分かったであろうか?


補記:本問の図では交感神経と副交感神経が束になって1本の心臓神経()として心臓につながっているが,副交感神経は延髄から出る迷走神経に含まれ,交感神経は胸髄から出ており(いずれも教科書レベル),両者は一体となって心臓に接続しているのではない。ただし,私はカエルの専門家ではないので,カエルはそうなのかもしれないが・・・。



 運動神経のつながった骨格筋をカエルから取り出し,この神経筋標本を用い,神経に電気刺激を加えたときの筋収縮の様子を記録した。神経への刺激を次第に強くしたとき,図1のように刺激の強さが閾値を超えると筋収縮が認められた。また,刺激を徐々に強くすると,その収縮の強さは徐々に大きくなり,その後一定になった


あぶない予備校生物学

問 下線部の現象を説明する記述として最も適当なものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① 電気刺激の強さと筋収縮の強さとの間に,全か無かの法則が成り立つ。

② 電気刺激が強くなると,興奮する筋繊維の数が増えるために筋収縮が強くなる。

③ 電気刺激が強くなると,神経繊維に生じる活動電位が大きくなるために筋収縮が強くなる。

④ 電気刺激がある刺激の強さを超えると,神経繊維の興奮が抑制されるために筋収縮の強さが一定になる。






解答は②で,理系からすると,なんでもないよくある簡単な問題なのですが,問題集の解説がひどい。よく勉強する人ほど,問題集の解説をよく読み,自分の知識として蓄えようとするので,解答があってれば,解説はどうでもよいというものではない。赤本,黒本,全国大学入試問題正解ですべて同じことが書いてあった。端的に記すと以下の通りである。


 筋肉は多数の筋繊維から成り,各筋繊維は閾値が異なるので,閾値の低い筋繊維から順次収縮を始めるから・・・


 実は筋繊維の電気刺激に対する閾値はほとんど同じなのですが,一般の生物の先生は知らないだろうし,そこは,まあいいです。でも問題文に“神経に電気刺激を加えたとき”とあり,筋肉を電気刺激していないことは小学生でもわかる。なので,ここの実験では,筋繊維の電気刺激に対する閾値など関係ないのである。次が正しい解説である。


 神経(の束)に与える刺激を強くしていったとき,閾値が低い運動ニューロンから順次興奮する。運動ニューロンの興奮によって支配下の筋繊維は必ず収縮するので,収縮する筋繊維の数も順次増加する。


 このタイプの問題は非常に多く,同様の誤った解説を載せている問題集も多い。では上記のことを知らないと引っかかる問題が多いかというと,実は,あまりない。だからといって,いい加減な解説でよいという理由にはならないし,上にも書いたように,小学生レベルの誤りなのである。「オカシイかも」という感覚が鈍いと言わざるを得ない。以下に運動神経と筋繊維の関係の補足事項を書いておく。


■1本の運動神経は複数の筋繊維に接続している。

■1本の筋繊維は1本の運動神経に支配されている。

■運動神経が一回の活動電位を発すると,支配下の筋繊維は必ず一回の単収縮を行う。このとき全か無かの法則が成り立つ。

■収縮力の調節に単収縮や強縮は関係ない。

■収縮力の調節は,興奮する運動神経の数を変えることで行われる。決して,放出されるアセチルコリン量ではない。