以前の次のようなことを書いた。
膨圧は細胞膜が細胞壁を押す力,という考え方では,膨圧が低下すると細胞が膨らむというセンター試験でも出題されたあたりまえの現象を説明できない。
これに関して,
<「膨圧が低下すると細胞が膨らむ」とありますが、「膨圧が上昇すると細胞が膨らむ」のではないでしょうか。>という質問をいただいた。私は生物の講師なので,やはりこういう質問はうれしい(私への批判ももちろん歓迎だが)。
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高校教科書では「膨圧」を次のように解説している。
(東京書籍):水が細胞内に移動し細胞壁を押す圧力(膨圧)が発生する。
(三省堂):・・・細胞壁を押し広げようとする圧力が生じる。この圧力を膨圧といい・・・
他社もだいたいこんな感じである。これを間違っているというつもりはない。だが上記を素直に解釈すると,膨圧が増加すると細胞が大きくなる,と思うのが当然であろう。だが次のセンター試験を見てほしい。
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2001センター本試験
問 オーキシンを含む溶液に浮かべた茎の切片は,オーキシンを含まない溶液に浮かべた切片に比べて,伸長が促進された。そのとき,オーキシンを含む溶液に浮かべた切片の細胞の浸透圧は増加しなかった。オーキシンが伸長成長を促進する仕組みとしては,どのようなことが考えられるか。最も適当なものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
① 細胞壁をかたくして,膨圧を増大させる。
② 細胞壁をゆるめて,膨圧を増大させる。
③ 細胞壁をかたくして,膨圧を低下させる。
④ 細胞壁をゆるめて,膨圧を低下させる。
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正解は④の「細胞壁をゆるめて,膨圧を低下させる」であるが,前半の“細胞壁をゆるめて”は直感的にわかりやすい。水が細胞内に入って細胞壁を押すわけだが,細胞壁がゆるいと容易に押し広げられる。すなわち細胞は膨らむ。だが後半の“膨圧を低下させる”はどうだろうか。私は,これは高校教科書の記述=一般的な解釈に反していると思う。センターの出題者は,後半の“膨圧を低下させる”だけでは難しすぎるので前半の“細胞壁をゆるめて”を加えたのではないだろうか。①や②の“膨圧を増大させる”はあきらかにひっかけようとしていると感じる。
この矛盾に満ちた背景のカギは同じく高校教科書に載っている次の公式にある。
吸水力=細胞の浸透圧-膨圧
植物細胞が膨らむのは,吸水力が増して水の取込みを始めるからだが,吸水力を増す方法は,公式から次の2つあることがわかる。
A:細胞の浸透圧を高める
B:膨圧を低める
もちろん,ここではBに注目する。膨圧が低下すると細胞が膨らむのである。そしてこのことは高校教科書レベルであり,センターの範囲でもある。問題文中にある“細胞の浸透圧は増加しなかった”も上記の公式を意識しているからだろう。赤本や黒本の解説は矛盾点に触れておらず,矛盾に気づいた受験生は思い悩むばかりである。
このような一見矛盾する現象が入試生物の範囲に存在することを知っており,かつ,矛盾の解決のために必死に調べた講師がこの国にどれほどいるかはわからないが,そのような講師であっても,この矛盾をうまく乗り切る説明は講師によって異なるだろう。
以上,ご質問をいただいた方を受験生とみなして回答させていただいた。もし,質問者がプロの講師の方ならその旨メッセージ等をいただきたい。講師レベルの回答も持ち合わせているので(当然だが)。