なんだか古時計が増えてきたので、自慢できる程の量ではないが……と思いつつ、この場を借りて紹介をさせていただければと、数回にわたってまとめてみようと思う。

平成25年、某オークションにて落札した、ブヘラのラウンドモデル。

全体

ケース径は33mmと、現行機と比べた際の『小ささ』を改めて感じる。

しかし、かつては立派にメンズの径であって、むしろ現行の方が大きくなり過ぎているのではないかと思う。

ブヘラは時計宝飾店としてスタートし、その後、メーカーへ。

現在も高級時計メーカーとして、その地位を確立している。

そのユニークな時計作りは『日本においてはマニアックなメーカー』ではあるものの、個人的には支持しており、今後リリースされるコレクションが楽しみである。

さて、アンティークの出来は如何なものか……と見てみると、シンプルながら丁寧な仕事が見て取れる。

シルバーの文字盤は植字と印字の組み合わせである。

正面

インデックスが植字なのだが、アラビア数字の外周には夜光塗料が盛られ、製造された当時は、これが夜間の視認性を確保していたのだろう。

ブランドロゴとブランド名は控えめで、嫌味がない仕上がりとなっている。

ケース全体がポリッシュで仕上げられており、現在は小傷が目立つものの、美しい仕上げであっただろう。

側面

側面から見ると裏蓋が台形になっている事がよく分かる。

ムーブメントの肩を落とした作り同様の形状になっているのだが、フラットに成形するよりも着用した際のストレスが軽減されるであろう、バランスに優れた形状である。

実際、着用してみると『着用感が無い』程、肌に吸い付く。

現在はケースに沿った流線状のラグを多く見るが、こちらはクラシカルな形状だ。

ラグ

バネ棒の穴が貫通しているタイプであり、外観の好みを語らなければバネ棒の着脱が楽である。

針を側面から見るとよく分かるのだが、角が落とされておらず、間隔も詰められてはいない。

針アップ

夜光を採用して実用的ではあるものの、ある程度生産性を重視した作りになっている。

ただ、先端をドーム型の文字盤に沿って曲げているのは、フラットな文字盤が一般的な現行モデルには少ないディテールだ。

全体を薄く見せようとしながら、しかし細部の手を抜かないのは職人の矜持だろう。

裏蓋には、当時としては『顧客に重視してもらいたい』スペックが刻印されている。

裏蓋

例えば『防水』、例えば『インカブロックの採用』、例えば『耐磁である事』などである。

この時計が作られた'50年代は、耐震装置も普及し、着用していて安心感を得られる時計に変化した時代であっただろう。

特に天真折れは時計の大敵であり、『脳みそ』であるテンプを停止させてしまう恐れがある事は大きな課題であっただろう。

だからこそ、か。

この頃の時計には、こういった表記を目にする事がある。

現在ではほどんど見ないユニークな『個性』であろうか。

『防水』の刻印に偽りは無く、裏蓋にはしっかりとゴム製のパッキンがはめ込まれる。

裏蓋 裏面

ムーブメントを見ると、3姿勢での調整が行われている事が分かる(ただし、現在では、当時の精度が望めるはずも無い)。

ムーブメント全体

一見簡素に見えるのだが、子細に見ると、ネジ類や落とされた肩がポリッシュされていることに気付く。

ムーブメントアップ

脱進機アップ

香箱アップ

このあたりは宝石商としての矜持なのか、見えない部分に……華美な装飾は無くとも……丁寧な仕事が行われたことが分かる。

見える部分にエボーシュメーカーの刻印が見当たらず、どこで作られたかは不明。

しかし、その仕上げは決して二流ではなく、半世紀以上経過した今でも、十分な精度を保てる、良い機械ではないか。

こういう記事を書かない限り、ここまでじっくりと見る事は無かったであろうが、『シンプルながら良い作りである』と感じる。

現在ほどの大量生産が叶わなかった時代、職人がいかにして顧客の満足を得られるかを熟慮した結果がここにあるのではないだろうか。