SAR展開について (1) | 創薬メモ

創薬メモ

創薬化学、有機化学、有機合成について書き進めていきます。

構造活性相関 (SAR) を展開するためには、
リード化合物、もしくは、シード化合物の構造修飾が必要になる。

合成目的となる化合物を思い描き、合成計画を立案しないことには、
次回のアッセイに回すための化合物を創出することはできない。
手元にある候補化合物を、いかに変換し、修飾するかというアイデア。
これは、合成業務に携わる創薬化学者が、日常的に活用する基礎的着想である。

セレンディピティ、発想の飛躍は、常に重要である。
しかし、SAR展開には歴史的な慣習に基づく「基本」がある。
これを自在に活用することは、合成化合物の優先順位を策定する上で重要である。

1. 等価置換に基づく分子変換

a. 原子変換

化合物における特定のユニットを、別の等価体構造に変換すること。
これは、SAR展開において、優先順位の高い分子変換である。
中でも、もっとも簡単なのは、Grimmの水素付加則である。

これは、原子に水素を付加することで、
その次に大きい原子番号の原子の特徴を持たせる
というものである。
その原子は価電子数が同じになるため、等価体として考えることができる。
これ以外にも、Erlenmeyerの等価性の概念などがある。

ここでは、原子の等価体置換について述べる。

例えば、分子内にエーテル結合があった場合、
等価体の概念に基いて、以下のような変換が可能である。



つまり、元素周期表の左右、上下の原子へと、変換を試みるわけである。

水素原子は、フッ素原子によく変換される。
水素原子はフッ素原子と類似の大きさを持つ一方、
水素引き抜きを抑制したり、それ自身が水素結合に関与したりする。







b. 生物学的等価体 / Bioisosterism


等価体の概念を拡張する形で、Friedman は、
類似の生理活性を持つ等価体を、生物学的等価体と呼ぶことを提案した。

また、Thornber の定義は、以下の通りである。

生物学的等価体とは、広く同様な生理効果を示し、
化学的及び物理的な類似性を有する原子団、分子のこと


創薬研究の歴史の中で、様々な生物学的等価体が発見されている。
もちろん、分子変換に関する知見は、現在も日々蓄積されている。

前述の原子置換と同様、生物学的等価体を用いた分子変換も、
SAR展開の中では、優先順位の高い仕事だと考えられる。
自分の扱っている化合物に含まれる官能基等が、
他の生物学的等価体に変換可能かどうかは、常に考察する必要がある。

以下は、カルボン酸の生物学的等価体の例である。



以下は、p-ベンゼンの例である。


p-ベンゼンは、長さ的には炭素3つ分くらいなので、
3炭の長さを持つアルキル基を用いて、変換が試みられることがある。
Erlenmeyerの等価性に基づき、チオフェンへの変換が試みられることも多い。

最近では、環構造を持つ sp3炭素 による変換例も報告されている。
特に、シクロブタン、ビシクロペンタン、キュバンによる変換例は興味深い。
もし、ファーマコフォアにベンゼン環のπ電子が関与していない場合、
これらの変換は、溶解性向上などの観点から、良好な結果につながる可能性がある。

2. 同族系列を志向した変換


等価体を用いた変換の他に、同族系列を用いた変換も容易に実施可能である。
同族系列の概念は Gerhardt によって導入されたものであり、
メチレン基のみが異なる分子集団のことを指す。

例えば、ある2つのユニットが、2つの炭素を介して連結していた場合、
その炭素鎖の長さを変えて、生理活性の変化を見ることは、重要な情報源になりうる。
炭素数を1炭にしてみたり、直結にしてみたり、逆に伸ばしてみたり、などである。

また、メチレン基が分子の末端にある場合は、その長さを変化させることで、
ターゲットタンパク質の「ポケットの深さ」を探索できることもある。





末端の結合ポケットに関する情報を得るという意味では、
末端置換基の立体障害について検討することもある。
(ただしこれは、定義上、同族系列の変換とは言えない例も含まれる)

ここでは、末端部分に様々な大きさの置換基を導入し、
空間的スペース、3次元的な広さに関する情報を得る。


3. 環構造の拡大&縮小


分子内に環状構造を含む場合、その環の大きさを変換する事で、
生理活性や代謝耐性が大きく変化する場合がある。

例えば、分子の中にピロリジン骨格が含まれていた場合、
アゼチジンに環縮小したり、ピペリジンに環拡大してみる。
末端に環場構造を持つ場合も同様で、やはり、大きさを変えてみるのは有益である。


4. 芳香環に対する置換基導入、飽和化

分子内にアリール基が存在する場合は、そこに置換基を導入し、生物活性の変化を見る。
これは優先順位が高い変換操作であり、かつ、高い効果が期待できることが多い。
置換基の優先順位については、 Toplissのツリー に従うと良い。
また、QSAR における置換基定数を用いて、活性情報との相関を絞り込んでいく。


また、置換基検討だけではなく、ベンゼン環の飽和化を検討することもある。
例えば、ベンゼン環のシクロヘキサン環への変換などである。
このアプローチは、生物活性におけるπ電子の関与を見る場合などに用いる。

5. 二面角の調整

置換基は、電子状態や脂溶性に影響を与えるだけでなく、
コンフォメーションにも大きな影響を与えることがある。
置換基を導入する位置によっては、結合角などが大きく変化し、
パッキング構造が変化、溶解性が改善したりする、

例えば、ビアリール骨格が分子内に含まれていた場合、
オルト位に置換基を導入することで、二面角を調整することができる。
これにより、溶解性の改善、コンフォメーションの変化が期待される。
また、二面角が大きくなることで、共役系が縮小する可能性もある。



・最後に

今回は、等価体変換、同族系列、環構造の拡大&縮小、
芳香環への置換基導入、二面角の調整について扱った。

化合物探索の期間は、基本的には有限である。
したがって、SAR展開において課題になるのは、
どの化合物を優先的に合成するかという優先順位の問題である。
ここでは、経済学における機会費用 (サンクコスト) の考え方が重要になってくる。

また、ドラッカーの指摘によれば、
効率性には以下の3つの領域がある。

1. 人間の時間に関すること
2. 貢献に対する責任、経営に関する適切な知識、訓練、教育を自ら引き受けること
3. 自らの「強み」について絶えず意識的に探求し、強みをベースにした仕事を築き上げること

ドラッカーの言う「効率性」は、SAR業務に関しても、決して無関係ではない。
効率性を強く意識することが、日々の SAR展開 を行う上で重要であると思われる。

しかしながら、物量作戦が重要な意味を持つこともある。
ラッキーパンチによるセレンディピティが、研究のブレイクスルーにつながることもある。
考えつくして合成した化合物が、実験的にも成功する保証など、どこにもない。

「自分の化合物の可能性」が、当人達が思っているほど、限定的ではないこともある。
ドラック・リポジショニングに関する近年の動向は、この視点に説得力を与える。

効率性の追求には、常に「落とし穴の存在」が付きまとう。
SAR展開においては、効率性に偏重するだけでなく、
自身の経験や直観に基づく遊び心、背理の実践などが、
意外にも大事なのではないかと思われる。

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