現在公開中の『ランボー ラスト・ブラッド』(シリーズ5作目)を鑑賞し、12年前に公開された『ランボー 最後の戦場』(シリーズ4作目)と合わせレビューを書きたくなりましたが、その前に1~3のレビューを。

以下、ネタバレあり。

 

 

パート1の『ランボー』

 

ラスト手前、ベトナム帰還兵たちを冷遇するアメリカ合衆国への怒り、戦友たちを救うことができなかったことによる罪悪感と悲しみを吐露する長いセリフは素晴らしかった。

「その罪悪感ゆえ、この主人公は幸せになる行為に対し、無意識のうちに心のブレーキをかけてしまってるのかも。破滅的な行動に出てしまったのも、それが理由かも。警察官たちから受けた虐待により戦争の恐怖を思いだしたのは、キッカケに過ぎなかったのでは?」と解釈したりしました。

 

ただ、子どものように泣きじゃくるスタローンの演技が拙すぎるように思えてしまい、それが気になって仕方なかった。

 

 

パート2の『ランボー 怒りの脱出』

 

CIAが企てた陰謀は、とにかく最高に面白かった。

「国民の生命を犠牲にしてでも国費の支出をケチりたい」という点では時代や国家体制を越えた普遍的なリアリティがあり、

「ベトナムで戦った自国兵士たちへの冷遇」という点ではパート1との関係でテーマの一貫性も。

 

この陰謀の展開をメインに据えれば傑作になりそうでしたが、主人公による超人的活躍がメインになってしまい、しかもその活躍に説得力がなかった。

元グリーンベレー隊員ならではのスキルを発揮したがゆえの活躍というよりは、敵であるソ連兵たちがマヌケ過ぎなだけに見えてしまった(それこそ、ポン・ジュノ監督作品などの韓国映画で描かれる警察官と同じくらい、いや、それ以上に)。

 

さらには、パート1では全編に漂っていた重苦しい悲壮感が皆無なため、スリルを楽しめるシーンがひとつもなかった。

主人公が海賊の船から脱出した際、ベトナム人のガイド女性が「ユー メイド イット、ランボー!」と黄色い歓声をあげるにいたっては、「007シリーズみたいだな」と興ざめ。

 

使用武器にも疑問が。

主人公がベトナム軍から奪った武器のひとつがM60多目的軽機関銃だったのは、あまりにも意味不明。

「ベトナム戦争時代に米軍が奪われたのか?」と脳内補強しようにも、「それから10年以上経ってるはずなのに、湿度の高い環境で7.62ミリNATO弾の実包は劣化してないのか?」と新たな疑問が。

 

クライマックスのヘリチェイス、ソ連の操縦士がサディスティックな笑いを浮かべるカットが執拗にはさまれる幼稚な演出には、「ラジー賞の最低作品賞受賞は当然!」と納得。

 

せめてラストシーン、ベトナム人女性の形見のペンダントに優しく触れながら、彼女の死を悼むシーンがあれば……(まあ、それでもラジー賞は免れなかったでしょうけど)。

 

 

・パート3の『ランボー 怒りのアフガン』

 

積極的に粗探しする気にすらなれなかったのに、「被弾した敵兵たちが、律儀にも必ず悲鳴をあげるんだな」とか、「ヘリが爆発炎上するタイミング、いくらなんでも早すぎだろ」といった粗が、私の記憶のほとんどを占めてます。

 

ただ、ランボーの元上官が拷問されながら、「アメリカは大義なき戦争をベトナムで行い、負けた。今度はおまえたちの番だ」と言い放ったのは面白かった。

自分たちの戦争が過ちだったと、米軍関係者がソ連兵を相手に認めるなんて……

 

明日以降、パート4と5のレビューを合わせて投稿予定。