ハードボイルドミステリー作家の深町秋生さんによる、シングルマザーの探偵を主人公にした連作短編集『探偵は女手ひとつ』の続編。
今回は長編ですが、深町さんのホームタウンである山形県がメインの舞台となり、ヒロインをはじめとした登場人物たちが東北弁で話し、雪国ならではのストーリーが展開する魅力は相変わらず。
ヒロインがミニバンのアクセルを踏みこむ冒頭から、これ以上は望めないほど完璧な滑りだし。
特に『スピードを出しすぎれば狸やイタチを轢きかねない』という一文で、田舎が舞台であることを鮮明に印象づけられ、ハードさとユーモアが共存する世界観に引きずりこまれます。
前作の愛読者であればなおさらですが、今作から手にとった読者であっても、ヒロインの経済状態、舞台となる山形県の特性、新型コロナウィルスの存在が広く認知されはじめた頃という時代背景までもが小気味いい文体で、しかもたったの二ページほどで手際よく紹介されているため、活字を読むストレスをおぼえることなく上質の物語を浴びることができます。
その直後に展開するのは、さっそくのサスペンスアクション。
凶漢との有形力合戦でヒロインがある日常品を駆使するくだりも面白いですが、最終的には女性たちで力を合わせる展開が胸アツ。
それでいながら、ユーモアの要素もハイレベル。
特に凶漢による行動、「雪国のホテルのドアをこの道具で壊すって、まんま某ホラー映画だろ」と笑わせてくれるうえに、後に登場するキャラクターが同じ感想を口にするにいたっては爆笑を禁じえません。
狙いすぎのギャグとして浮いてしまうギリギリ一歩手前、あくまでもストーリー展開と不可分一体のユーモアにとどまっているところがさすがです。
本題となる失踪人捜しが始まるや、ヒロインによる探偵業務遂行プロセスのリアルさが読んでいて心地いい。
特に、上京したヒロインが都内のある街で調査活動をするくだりでは、レトロな宿泊施設やレトロな大衆食堂をこよなく愛す著者の個人的嗜好がそのままストーリーに組みこまれていることがバレバレで、それだけで笑ってしまいます。
著者のツイッターアカウントをフォローすれば、その手の宿泊施設や大衆食堂の画像を引用リツイートする頻度がやたらと高いとすぐ分かります。
「これはすごい!」とか「これはたまらない。この店の定食が気になって夜も眠れない」など。
ストーリーの中心部に少し触れますと、
失踪人の行方を探る業務遂行過程でヒロインは、地域興しプロジェクトで名を上げた美女とその秘書である男性に接触し、二人の周辺をつつきまわすことで魑魅魍魎に包囲される、というスリリングかつ今日的な展開。
美女とその秘書男性の造形がまた、世間を騒がせた某夫婦を意図的に連想させようとしているとしか思えず、特に「○○○発電」というキーワードが出るにいたっては「相変わらず、きわどいとこ攻めてるな~」と笑ってしまいました。
この作品が刊行されたのが二月下旬であることを考えれば、某夫婦が世間を騒がせるよりも前に脱稿したと思われます。
つまりは、おそるべきデスノート作品としての側面もあるわけです。
同じく深町氏による『煉獄の獅子たち』(映画『ヘルドッグス』の原作『ヘルドッグス 地獄の犬たち』のスピンオフ作品)も、分かる人が読めばデスノート作品。
「深町秋生にツイッターでロックオンされている政治家や各界著名人たちは、夜も眠れないだろう』と言われる日が近いのでは?」と興奮してしまいました。
ちなみに、私にとってハードボイルド小説の入口となったのは、大藪春彦の諸作品。
大藪作品の主人公たち、首相や元首相がモデルであることが明らかな悪徳政治家たちを何度も虐殺してました。それこそ、『ランボー4 最後の戦場』並みにゴアグロな手段で(特に凄惨なのは、『処刑(ころし)の掟』という作品)。
また、『血まみれの野獣』という作品の主人公が後に起こる三億円事件をアップグレードしたような事件を起こしはしましたし、『黒豹の鎮魂歌』という作品がロッキード事件を予言していたと言われてはいますが、作品内の出来事と現実世界とのギャップを考えると、大藪作品がデスノート的な機能を果たしたとは言い難いかも。
『探偵は田園をゆく』に話をもどしますと、ヒロインが家族問題で葛藤する部分も読みどころのひとつ。
探偵業を遂行するために、小学生の娘の面倒を友人や子育て支援サービスに頼まざるを得ないことで後ろめたさをおぼえるくだりや、義母(亡き夫の母)との関係、疎遠になっている実母との関係で悩むくだりの描写は、ハードボイルドミステリーというジャンルの枠におさまらないほど繊細。
それでも紛うことなきハードボイルド作品と言えるのは、ラストでヒロインがくだす決断ゆえ。
ハードボイルドは「非情」を意味すると言われますが、人間らしい感情に欠落した主人公の話というよりは、職業倫理をはじめ、自らに課したルールを個人的な感情に優先させる、つまり「任務や使命の遂行において、情に流されない」という意味で「非情」であるべきだと思ってます(私個人の感想です)。
前作である『探偵は女手ひとつ』もそうですが、ヒロインが探偵業を通じて関わる人たちに見せる優しさや思いやりにベタベタした気色悪さをおぼえずに済んだのは、それらの優しさや思いやりが私立探偵としての職業倫理を逸脱しない範囲にとどまっているためだと思われます。
この点についてもうすこし書きますが、以下、少しだけネタバレ気味です。
これから読む人はご注意を。
『探偵は田園をゆく』のラストシーンは、ハードボイルド作品の代名詞ともいえる『長いお別れ』や『マルタの鷹』と共通する部分もあるように感じられますが、それらよりもリアルな職業倫理にもとづいていると思いました。
『長いお別れ』で主人公フィリップ・マーロウが見せる態度は、私立探偵としての職業倫理とはあまり関係のない、主人公個人の価値観や感情にもとづいているという印象(もちろん、私個人の感想)。
『マルタの鷹』で主人公サム・スペードがある決断をくだす際、私立探偵としての職業倫理にもとづいていると自らの口で説明していましたが、かえって私立探偵としての守秘義務に反しているのでは? という疑問をいだいてしまいました(これもやはり、私個人の感想)。
『探偵は田園をゆく』の主人公、椎名留美がラストでくだす決断こそが、私立探偵の職業倫理としてはリアルであると思われます。
最後に、著者でいらっしゃる深町秋生さんにひとつだけ厳しい注文を。
前作『探偵は女手ひとつ』を読み終えた直後から、「続編を読みたい!」という強い欲求に駆られました。
私だけではなく、多くの読者がそうだったことでしょう。
六年以上も経ってからやっと続編を刊行するなんて、読者を待たせ過ぎです。
まあ、長く待たされた分、より質の高い長編を読めたかもしれないのであまり強く言いづらい部分もありますが、第三弾以降はもう少し短いスパンで読ませてもらえると幸いです。
まったく関係のない蛇足中の蛇足ですが、上述したフィリップ・マーロウから名前をとった「MARLOWE」という、神奈川県内を中心としたビーカー入り手作り焼きプリンの専門店、何度か行きました。
かなり美味しいですがボリューム満点のため、夕食前とかに食べるのは控えたほうがいいかも。