深町秋生さんの最新作にして、彼の渾身の傑作『地獄の犬たち』のスピンオフ的な前日譚(文庫版タイトルは『ヘルドッグス 地獄の犬たち』で、以下、文庫版タイトルで表記)。

『煉獄の獅子たち』のストーリーに触れることが『ヘルドッグス 地獄の犬たち』のネタバレになりかねず、いつにも増してレビューが難しい……。

しかも二作を串刺しにする構成の軸が緻密なため、ヒントを書くだけでもこれから読む人たちの興を削いでしまうことになりかねない。

『ヘルドッグス 地獄の犬たち』をふくめ未読の人たちへのアドバイスとしては、「ストーリー上の時系列は“『煉獄の獅子たち』→『ヘルドッグス 地獄の犬たち』”ですけど、読む順番としてはまず『ヘルドッグス 地獄の犬たち』を、次に『煉獄の獅子たち』を読むのが絶対にオススメ!」というもの。

 

以下、ネタバレにならないよう気をつけるつもりですが、これから読むつもりの方々は以下のレビューを先に読まないほうが無難です。

 

 

スピンオフ的作品なので当然ですが、『煉獄の獅子たち』の主人公は『ヘルドッグス 地獄の犬たち』の主人公とは別のキャラクターで、しかも二人。

 

東北弁を話すほうの主人公が幸せになりそうなくだりでは、「深町さん、頼むから、この登場人物はこのまま幸せにしてあげて……」と懇願したくなりました。

悲劇のフラグが高々と屹立し、過酷な運命の予想をせずにはいられなかったから。

 

その予想は裏切られました。

予想に反しハッピーエンドを迎えたのではなく、予想したのとはタイプが違い、予想したよりもはるかに過酷な運命が待っていたと明らかになることで。

 

もうひとりの主人公に関してはのっけからハードな展開が途切れることなく続きますが、中盤以降は運命に翻弄された結果というよりは、半ば以上が自らの選択が招いた結果としての生き地獄。

自殺願望と紙一重の罪悪感に魂を焦がされ、死に場所を求めるかのような無謀な行動に。

 

この作品が心に深々と刺さるのは、主人公をはじめとした登場人物たちがたどる運命の非情さそれ自体以上に、彼、彼女たちが煉獄や地獄の住人と化してしまう結果をまねいた大元の端緒が、権力者による下劣すぎて、卑俗すぎて、なおかつ賎しすぎる行動にあるため。

やっかいなのは、作中の権力者による下劣で卑俗で賎しい行為とよく似たことが、私たちが生きる現実世界でも起きえること。しかも下劣で卑俗で賎しい権力者たちによって、私たちの生活が大きな影響を受けうること。

クライマックス手前、主人公のひとりが「この世が悪質なジョークでできているのを、この男もようやく悟ったようだ」と独白しますが、それこそがこの作品のテーマのひとつかも。

 

作中権力者の身内が引き起こしたとされるある事故の現場となるのが●ァミ●スになっていたのには「コ●ビ●ではなくファ●レ●ですかい!」と爆笑を禁じえず、

読み終えた私の口から漏れたのは、「はぁ~……コロナは早く終息してほしいけど、某大型イベントが中止にならず、その準備活動でやりたい放題のあの人物のドヤ顔が各種報道を通じて視界に入るのは……」というもの(フィクションである『煉獄の獅子たち』のストーリーとは無関係な、あくまでも私の独り言)。

 

無関係な独り言から作品に話をもどします。

『ヘルドッグス 地獄の犬たち』にも関係する登場人物の秘密が明らかになるラストシーンでは、バイオレンス作品としてだけでなく、ミステリー作品としての完成度の高さにも驚かされました。

ラストで用意されたこのサプライズゆえ、先述のとおり、まずは『ヘルドッグス 地獄の犬たち』を、次に『煉獄の獅子たち』を読むのがオススメ。

 

なお、深町さんご自身によるツイッターでの告知によれば、このシリーズの三作目にして完結編が再来年に出るかもとのこと。

再来年ではなく三年後になってもいいので、シリーズ最高傑作になることを今から期待してます。

映画、小説、ドラマ、漫画、アニメなど、あらゆる媒体をひっくるめ潜入捜査関連作品における世界最高峰になるのであれば、五年でも待てます。

 

 

以下蛇足。

 

・潜入捜査がストーリーに組み込まれた数多の作品群のなかでも『煉獄の獅子たち』のリアリティが突出しているのは、警察組織による潜入捜査の問題点がしっかり指摘されているため。その指摘と似たようなことを私もこのブログで書いたことがあり、「プロの作家と同じことを俺も書いたのか!」などと下劣で卑俗で賎しい自己満足にひたってしまいました(韓国映画『新しき世界』のレビュー)。

 

・『ヘルドッグス 地獄の犬たち』の私のレビューはこちら