その2 からの続きです。


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『お前、まさか知らないの?』

「だから何を」

『詳しいことはあとで上に聞いてくれ。事実を教えてやるだけでも、俺の口から聞かされたら、お前にうらまれるかもしれん』

嗜虐的な石原の口調に、和輝はムッとして言った。

「何か勘違いしてません? 俺が世良と通じてないってことは、藤沢の件で証明されたはずですけど」

『忌避事項の“その他関係者”には、今回みたいなバックアップ対象者もふくまれる。それだけ言えば十分だろ』

「なにワケ分かんないこと言ってんですか」

『そこまで言うなら教えてやろう。ただし、俺をうらむのはお門違いだ』

「はいはい」


『じゃあ言うぞ。心の準備はいいかな?』

和輝は大げさにため息つき、投げやりな棒読み口調で言った。

「いつでもどーぞ」

『今回バックアップするのが、お前と兄弟ってことさ』

「どうでもいいことですけど、教えてあげます。俺には兄貴も弟もいない」

『じゃあ、先越されちまったってわけだな』

「誰に、何の先を」

『答その一、今回のバックアップ対象者に。答その二、愛しの百合子ちゃんに乗っかるのを』


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スポーツクラブの地下駐車場への入口から見えるところで停めるよう、進士はタクシーの運転手に指示した。

次いでゼットの携帯電話に発信し、言った。

「さっきのスポクラの前に回ってくれ」

『地下駐車場の入口ですか』

「そうだ」

『いったい、どうなってんです?』


進士は状況を説明した。

先ほどタクシーに乗ったのは、特殊メイクで香取哲雄に化けた偽者であり、なおかつデコイ(囮)であること。

五月三日の会や柏木洋介の部下を引きつけた後、偽の香取、それに一緒にいた娘は、ショッピングモールか地下鉄構内のトイレの個室で特殊メイクを落として服を着替え、尾行者たちのマークからはずれるであろうこと。


ゼットが言う。

『ってことは、角田環が見た自販機管理会社のバンに香取を押しこんで、別の場所に運んでから事におよぶ。そういうことですか』

「それを確認するために出口を張ってくれ」

進士の目が地下駐車場の入口におよばなくなって、まだ三分ほど。偽香取が乗ったタクシーが走りだしてからの経過時間と同じだ。

仮に香取を別の場所に運ぶつもりだとしても、バンが駐車場を出るまでに少なくとも十分前後は様子を見るだろう。デコイの偽香取が乗ったタクシーが五月三日の会と柏木洋介の部下を引きつけ、スポーツクラブが完全にノーマークになったことを確認するまでは。

タクシーがスポーツクラブの前に着いたところで、進士は運転手に五千円札を差しだし言った。

「このまま待ってください」


レクサスはすでに路肩に停まっており、運転席のゼットが地下駐車場の入口を注視していた。

進士は携帯電話を取りだし、スポーツクラブ“アイリス”の公式サイトを検索した。営業時間は十時までとなっている。

進士の背中に悪寒が走る。

まさか。いや、世良ならあり得る。あいつが“アイリス”の実質的経営者であったとしても、驚くことではない。

世良がオーナーであるスポクラに、たまたま香取が会員になったとは考えづらい。可能性はふたつ。香取が通うスポクラを調べあげ、もとのオーナーから経営権を買い取ったか。あるいは、かつて自分の部下だった香取に、自らがオーナーであるスポクラにオーナーであると気づかせないまま入会するよう仕向けたか。

いずれにせよこれで、偽の自販機管理会社のバンが専用駐車場に入っても、管理人に不審に思われなかったことの説明がつく。駐車場の管理人も世良の部下なのだ。


だとすれば世良にとって、今いる地下駐車場から別の場所へ香取を運ぶことすら必要ない。スポクラの営業時間を過ぎ、八月十五日の会のメンバーではない会員や従業員がすべて帰った後、香取にゆっくり制裁をくわえることができるだろう。

問題は、スポクラの建物に連れ込むか、あるいは駐車場でそのまま制裁をくわえるか、ということ。

建物に連れ込む必要すらないはずだが、香取にどこまでの制裁をくわえるかによっては連れ込むことはあり得る。たとえば香取を亡き者にし、さらには証拠を残さない方法をとるのであれば、浴場まで運ぶだろう。細かく解体し浴場の血や脂を洗い流し、肉片や骨片をバケツリレーで運び、スポクラ内の複数のトイレで流すという作業を複数人で行えば、その手の犯罪としては比較的短時間のうちに完遂させることが可能なはず。


いや、しかし……その方法をとるのであれば、元からいた部下にまかせれば事足りるはず。水沢浩一に数ヶ月にわたる格闘技のトレーニングまでほどこし、制裁の実行にあたらせる意味がない。

そこでハッと気づいた。

香取への制裁に水沢をあたらせようとしている理由が何なのか、ゼットは世良に直接訊くしかないと言ったが、そんなことはないのではないだろうか。世良の行動パターンから、推測することはできるのではないだろうか。


世良は単なる犯罪者ではない。八月十五日の会などというエキセントリックな団体を率いながらも、カルト団体の教祖とは決定的に違うところがある。

部下の将来を考え、必要であれば脱会するよう仕向けるようなヤツだ。

理沙には小説家を目指すという生き甲斐をあたえ、狩野遥という女性メンバーには父親の復讐以外の生き甲斐をあたえるべく片桐真希と行動するよう勧めた。

そんな世良であれば、香取に制裁をくわえるにしても、他のメンバーへの見せしめを最優先させたりはしないだろう。個別の案件において傷つけられた者の救済こそを最優先させるはず。


この場合、救済すべき対象は考えるまでもない。香取にレイプされた百合子だ。

彼女の救済を最優先させるつもりだからこそ世良は、彼女への謝罪の手紙と慰謝料が中身と思われる封筒を阿佐ヶ谷のアパートに残したのだ。

世良による百合子への配慮は、それだけではないはず。レイプ被害者の救済には、セカンドレイプの防止が不可欠だ。香取に制裁をくわえる理由を八月十五日の会のメンバーに告知することは、百合子がレイプされた事実をも告知することを意味する。

だからこそ世良は、元からいた自分の部下ではなく、五月三日の会のメンバーである水沢を使うことにしたに違いない。


いずれにせよ、数か月にわたる格闘技トレーニングをほどこしたことから、水沢に香取を殺害させるつもりはないはず。タイマンでの勝負をさせるつもりと思われる。これはおそらく、厳しいトレーニングに耐えた水沢への報酬としての意味を持つに違いない。

そこまで考え、進士は気づいた。俺は世良という男を認めている。だからこそ罪を犯してほしくない。

さらに気づいた。

俺が世良に殺人者になってほしくないように、世良もまた、水沢に殺人者になってほしくないのだ。水沢の暴走を止めることを俺に期待している。ゼットにあてた置手紙の内容がそれを裏づけている。

水沢が自分の部下になったことをゼットに伝え、百合子への慰謝料と容易に想像がつく封筒を残したうえで、俺がタレントになる必要がないなどとわざわざ書いていた。

世良はゼットの頭の良さを認めている。あの置手紙を一読しただけで、これから香取に制裁するつもりであることに気づくだろうと計算したのだ。


俺が食べ物やゲームソフト、エロDVDを差し入れするうち、水沢は心を開くようになった。水沢自身、そのことを格闘技のトレーナーに話したのかもしれない。

それで世良は、俺であれば水沢の暴走を止めることができるだろうと計算したのだ。そんな世良を、身勝手だなんて思ったりしない。トレーニングをほどこした世良自身が水沢の暴走を止めたりすれば、水沢は裏切られた気持になるだろう。

俺自身、水沢の暴走を止める義務があると思っている。水沢を数か月にわたって匿った俺には、水沢が殺人者になることを防ぐ責任があるはずだ。


ゼットの携帯電話に発信し、言った。

「俺が話をつけてくる。お前はクルマで待機してろ」

『だけど……』

「俺を信じろ」

『ひとつ約束してください。丈成さんがいたら、すぐに俺を呼んでください』

『分かった』

タクシーを降り、“アイリス”の地下駐車場へ向かった。


(747話に続く)