その2 からの続きです。


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言いながらゼットは、右手を進士に差しだし言った。

「クルマのキー貸してください」

受け取るや否や部屋を飛びだし、階段を駆け下りた。

レクサスに乗り込みエンジンをかけ、サイドブレーキを解除しヘッドライトをつけた頃、進士が携帯電話を耳に当てながら駆け寄って来る。助手席のドアが閉ざされる前に発進させた。

住宅街の細い路地を中杉通り目指し走っていると、通話を終えた進士が言う。

「角田さんが今、香取に取材してるらしい。六本木のカラオケボックスだ」

JR阿佐ヶ谷駅を右手に見ながら、中杉通りに左折する交差点で赤信号につかまった。交番が近くにあるため信号無視はできない。シートベルトを装着して眼鏡をかけながら、考えた。

場所を移すよう香取哲雄に伝えるべきか。


いや、世良が実行場所として用意しているのがどこか分からない以上、角田と一緒にいさせた方が安全に違いない。世良が無関係な者にまで危害をくわえることはないはずだ。

そう結論をくだし安全運転することにし、中杉通りから杉並区役所前交差点を左折すると進士が言った。

「話してくれ」

「世良は水沢を使って、香取に制裁くわえるつもりです」

「どういうことだ? 自分でするか、元からいた部下を使えば済むことじゃないか」

「香取も世良の部下だったから、特殊メイクを見抜くコツを知ってるのかも。あるいは、体型や歩き方からかつての仲間を見抜けるかもしれない。世良はそこまでのリスクを考えて、確実に実行しようとしてるのかも」

「だから水沢をスカウトしたってのか?」

「ヤツは佐々木に惚れてます。香取が佐々木にしたことを聞かされれば、自分の手で制裁をくわえたいって思うでしょう」


「俺たちの目を盗んであのアパートに出入りして、水沢をスカウトしたのか」

「加柴が日下部さんと見合いした日、俺たちは加柴と片桐の髪をすり替えようとしましたよね? あのとき世良は、部下を使って亮太くんを人質にして、俺と佐々木をレンタルルームから出れないようにしました。それがどうしてなのか、俺には分からなかった。五月三日の会ならともかく、世良が俺たちのあの行動を妨害する理由なんかないはずなのに」

「お前が万が一にも水沢の様子を見に来ないように、レンタルルームに釘付けにして時間を稼ごうとしたってのか?」

「今から思えば、俺たちが加柴と片桐の髪をすり替えることまでは、世良も察知してなかったんでしょう。だからこそ、片桐の髪を佐々木に渡すために荻窪駅へ向かった園香を部下に尾行させた。その部下が佐々木を吉祥寺まで尾行して、亮太くんを人質にすることを思いついた」


「人質にしてるあいだに、百合子ちゃんが香取の野郎に暴行されたことを、世良は水沢に教えたってことか。っていうかそもそも、あのアパートに水沢がいることを、世良はどうやって知ったんだ」

「狩野遥が世良の命令で、理沙が家にもどらないあいだ母親が騒がないように工作したそうです。理沙が帰宅したように見せかて書置き残したり、着替え持ちだしたり」

「それで、水沢をあのアパートに連れ込む俺たちを偶然見つけた?」

「そうです。あのアパートと理沙のアパートは近いですから、あり得ることです」

「世良が香取に制裁くわえられることを、お前は阻止したいのか」

話すべきかどうか迷い、ゼットは二度深呼吸した。


進士が言う。

「さっきの書き置き、俺がタレントになる必要がないって書いてあったな。俺のタレント化計画を世良が知ってて、なおかつ香取への制裁が目的だと見抜いてる。そういうことだな?」

「おそらく」

「俺のタレント化計画を知ってる俺たちの知り合いに、世良のスパイがいる。俺たちの知り合いが香取への制裁に加担して犯罪者になることを、お前は阻止したい。そういうことか」

ゼットが黙っていると、進士がさらに言う。

「まさか、丈成か」


明大前の焼肉屋で、進士が角田環の取材を受けた理由を栗原麻衣が質問した。その場には李丈成もいた。

考えてみれば高見沢の前哨戦の日、丈成は理沙や栗原麻衣と行動していた。栗原麻衣は先日、江ノ島で理沙たちと行動を共にしていた。その行動を世良がバックアップした。丈成も一緒だったに違いない。

玲子が拉致されそうになっていることも、丈成と栗原麻衣を通して世良は知ったのだろう。

その推測を口にすると、進士が言った。

「玲子さんが拉致されそうになったことを、どうして丈成が知ったんだ」

「後楽園ホールの控え室で片桐から携帯に連絡が入って、俺は非常階段に移動しました。丈成さんはきっと、非常階段の上か下にいたんだと思います」


「全部お前の想像で、状況証拠にすらなってない。麻衣って子が理沙を通して世良と知り合いって可能性は、たしかにあると思うぞ。だけど、丈成までそうとは限らない。江ノ島にいたっていう裏づけはないんだから」

「何ヶ月か前、俺が八月十五日の会に潜入しようとしたことありましたよね? 進士さんたちからの連絡もスルーして」

「ああ」

「あの頃、俺はひとりで水沢に会いに行きました。狩野さんが復讐しようとしてる、安生ってヤツについて聞きだすために。そこで気づいたんです。水沢が体鍛えてることに」

「俺たちがいないあいだに、世良がトレーニングさせてたってのか」

「それを確認するために、俺は丈成さんに頼みました。水沢がいる部屋に進士さんやデイヴ以外の人が出入りする様子がないか」


「で、丈成は何だって?」

「水沢がいたのとは別の部屋から、水沢に瓜二つの男が出て来たって」

「俺たちが抜き打ちで様子見に行った場合にそなえて、世良が特殊メイクで水沢の身代わりを用意したってことか」

「きっとそうだったんでしょう」

「お前、どうしてそれを俺たちに黙ってた」

「丈成さんに確認を頼んだのは、世良との取引の材料を手に入れるためでした」

「水沢を使って香取に制裁くわえようとしてる証拠を手に入れて、理沙を返すように要求しようとしたってわけか」


「そうです。制裁の件を香取に知らせないことと引き換えに。だけどその前に、理沙の居場所を特定できました」

「理沙が家にもどることが確実になってから、水沢の件はどうでもよくなったのか」

「っていうか、忘れてました。柏木洋介が高見沢さんの試合に何か仕掛けるのを防いだり、柏木洋介がドイツで玩具メーカー会社を興そうとしてるのがどうしてなのか調べたりで。そのあいだにも、佐々木が香取を自分で撃ち殺そうとしたり、井上悟郎と話をしたりで、とても手が回りませんでした」

「香取に制裁がくわえられることを、黙認するつもりってわけじゃなかったんだな?」

「もちろん」

「だったらいい。香取がどれほど人でなしでも、法律学者になろうとしてるお前が犯罪を黙認したらいかん。それはそうと、アパートを監視する丈成に世良が気づいて、スカウトしたってのか」

「きっとそうでしょう。彼には世良の考えに共感する素地がある。世良が同志にしたがる人材でもある」


「だとしても、香取に制裁をくわえる現場に、世良が丈成を向かわせるか」

「分かりません」

高円寺陸橋下の交差点で信号待ちになった。

進士が携帯電話を取りだし、言った。

「たしかめよう」

携帯電話を耳にあててしばらくすると、進士は言った。

「よう、丈成。元気か……これから飲みに行かねえ? そこ、カラオケボックス? 歌ってるの麻衣ちゃん? どこの? そっか、邪魔したなぁ。麻衣ちゃんによろしくな」

通話を終えた進士に、ゼットは叫ぶように言った。

「どこのボックスって?」

「関内って言ってるけど、ほんとかどうか分からない」


(745話に続く)