流れ星

流れ星

思いつくままに書いた二次作品などの保存場所。某所で書いたものも含みます。勿論、私が勝手に書いているだけなので、どことも関係はありません。

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「花火?」

帳簿を付ける手を止めて、彼が顔を上げた。

「はい。そろそろ夏ですし…良かったら…って」

息抜きをして欲しいと思って淹れてきたお茶を出しながら、ちらりと彼の顔を見た。
少し驚いた様な顔はしたけど、すぐ元通り。声色はいつもと同じ。
おおきに、と受け取って、綺麗な仕草で一口二口飲む。
嫌味のない上品さが彼らしい。

「そうどすなぁ。梅雨も明けそやし、もうそんな頃合か。…花火なんて、いつからしてへんのやろか。懐かしなぁ」

秋斉さんは少し遠い目をして、何かを思い出したのか、目元が和らいだ。

「構へんよ、久し振りにするのもえぇね。…少ぅし先になるかもしれまへんけど、何とか都合つけまひょ」

にこりと微笑みながらくれた答えに私のテンションは上がった。
まさかOKが貰えるなんて思ってもいなかった。
ダメ元でも誘ってみるものだ…と思う。

「ありがとうございます!楽しみにしてますね!」
そう言うや、私は軽い足取りでお稽古に向かうべく、秋斉さんの部屋を後にしたのだった。
判り易い子やなぁ、という呟きは聞こえないまま。




「あぁー…落ちちゃいました…」
「せわしないなぁ…も少しゆっくり味わいよし」

あれから何週間かあいたけど、私がお休みを頂けた時。
番頭さんに代わりをお願いして、少しばかり秋斉さんの夜の時間をもらう事が出来た。

川縁で、線香花火。

「秋斉さん上手いですねぇ。ずっと続くもの」
「あんさんがとびきり下手くそなだけや」

く、悔しい…。

意地になって次の花火に手を伸ばす私を、彼は楽しそうに見ていた。
どうやら江戸時代では、線香花火は香炉にさしてお線香みたいにする事もあるそうで。
いっそ、とそっちを勧められたけど断固拒否した。

「絶対長く続かせてみせますからね!」

意気込んで残り僅かとなった花火に火をつけようと手にしたその時、
待ちぃ、と手を止められた。

何かと思って声のした方を向くと、視界は真っ暗になり、あの涼しげな香りが濃くなった。
少しばかりフリーズした頭に漸く状況が飲み込めてくる。

これ、何。
これ、秋斉さんの、着物?
これ、つまり…

一気に顔から首から耳まで熱くなるのが解る。

「ぇ、ぁ、あの…!」
慌てる私の事なんて全く気にせずに、秋斉さんは花火を持つ私の手を掴むと、顔の向きを前方へと戻させた。
少しひんやりした手が余計に熱くなった自分を意識させる。

「こないするんや」

私の手を支えながら、秋斉さんが花火に火を付ける。
声が近い。
右の耳が余計に熱くなる。
ちらりと目線だけ右にやると、相変わらずの端正な顔が、目を細めて花火を見やっている。

「…桜はん」
「は、はいぃっ」
消えそうな、でも悲鳴に近い声で答えた私を見て秋斉さんは笑みをたたえながら言う。
「折角手伝うとるんやさかい、花火を見て貰わんと」

それを聞くと余計に恥ずかしくなって、慌てて花火の方を見た。

「…まだ、続いてますね」
「へぇ。じぃっとしてたら、ちゃんと続きますよって」

チリチリと心地よい音が夜に続く。
闇に映える金糸がとても綺麗で。
彼が支えてくれた線香花火は、私がしてた時よりも、ずぅっとずぅっと長く輝いていた。



「秋斉さん」
「へぇ」
後片付けをして置屋に戻る道中、恐る恐る尋ねてみる。

「また一緒に、花火、してもらえますか?」
すると彼は、くすりと笑って

「あんさんは下手くそやさかい…すぐ無うなってまう」

と言って扇子を取り出した。

「つまり…」
ダメなんですか?

しょんぼりする気持ちを隠しきれない。
それを見て、扇子を口元でそよがせながら彼が言う。

「せやさかい。…次は最初からわてが手伝うたりましょ」

「え」

弾かれた様にそちらを向くと、秋斉さんの目線は、逆に前を向いてしまった。
何だか、心なしか、いつもと纏う空気が違う気がする。

いや、それよりも。
「次」、あるんだ。
それが嬉しい。

「はい、楽しみにしてます!」

さよか、と口にして柔らかい表情をした秋斉さんと歩く夜道は、彼みたいに少しひんやりしてたけど。
嬉しくて火照った私の頬には、丁度良かった。





***

解ってるの、江戸時代は本当に線香みたいにして使ってたって!
でも秋斉さんと密着した花火を…したかったの…(笑)