Winnyの作者が有罪になるのは気持ちが悪い | とあるエンジニアの現実的妄想

Winnyの作者が有罪になるのは気持ちが悪い

ちょいと古い話題。

Winnyの作者が有罪になるのは特に問題だとは思わないが、非常に居心地が悪い。
「Winnyの作者が有罪になったら技術者は萎縮する」という主張があったが、その主張に良く似た感覚だ。

基本的に、法律的に有罪になるというのは納得できる。
犯罪に手を染めていなくても、

 ・犯罪を幇助する目的で
 ・なんらかの非犯罪的な行為を行い
 ・それが、犯罪の役に立った

という状態になると、幇助が成立するそうだ。
ある程度は納得できる。

問題は、「犯罪を幇助する目的で」というところだ。
人が何を考えているのか、という観測不可能な事象を持って幇助が成立するかどうかを決定するって言うのは、非常にイヤな感じだ。

人の思考というのは単なる生化学反応である。
思考というのは、自己フィードバックの残響に過ぎない。
人の思考はブラックボックスで、外部から観測不可能だ。

人を解剖してもわかりはしないことを外部からの観測からのみで決定するというのは問題じゃないか?
プログラマとして、「法を犯す意思があったかどうか」をチェックするためのチェックリストを要求したいところだ。それが無いと、何を持って「法を犯す意図があった」と判断されるかわからないからだ。

まったく法を犯す気はなかったのに、外部観測だけによって、「法を犯す気があった」と断定される。非常に気持ちが悪い。

ということで、Winnyの作者の裁判に関しては、

・有罪になるのは現行法的には、アリだろう
・有罪かどうかを「人間の意志」という観測不可能なもので決定する法律は、問題があるのではないか?

という立場を取るのが正解だと思うのだが、どうか?

#誰に聞いてる