(矢沢永吉1986年10月30日、日本武道館のコンサート中MC〔『STAND UP!!』東芝EMI、1989年、ディスク2、11トラック〕より)

 いやいや、自分は昨日22になりました。

 昨日は夕方まで、バイトしていてそれから正月のバイト(新宿伊勢丹、福袋販売の整理・誘導)のための面接にいった。面接といっても、対複数形式であっさり採用された。「普通なら後日の通知なのですが」といってたけど、何分10日後のことだし、150人くらい必要なのだし、そもそもスタッフ派遣の会社だから胡散臭く感じられる口上だ。

 面接はおそらく社長と思われる(そもそもこの会社自体代々木のマンションの部屋にあるささやかなもの)おばさんが担当した。顔立ちが同好会の女子の後輩そっくりで、「あいつも老けたらこんなになるんだろうか」と思ったり…。
 
 面接は実質プレゼン形式で仕事内容と就・終業事務の説明だったが、ふとやっぱり社会人のこうしたプレゼンはしっかりしてるなぁと当たり前ながら思った。大学生のそれとはちがう。周到で根気よく、分かり易く説明しようという意志がでている。やっぱり金稼ぎ、或いは仕事はそこまで真面目にやらなければだめなものなんだなあと感じる。

 最近アルバイトでの自分のだめっぷりに辟易する。時給泥棒の根性で今迄やってきたせいか(店長がすぐヒステリ起こしてた時期はこの根性だからこそ鎬げたが…)やるべきことを忘れたり、周りに気を配れなかったりする。本当にバイトに、そして自分にイヤになってきた。でもお金が欲しい。時給泥棒に成り下がってでも金が欲しいのだ…。

 面接終了後、高田馬場「まんぷく亭」に向かう。

 着いた頃すでに大半が潰れていた。遅れての参加にすこし安堵の気がなくはない。みんな自分の誕生日を祝ってくれた。ケーキ美味しかった!さっき家で食べた1個350円のケーキよりも美味しかった。

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 さてこのぶろぐのアドレス「ryuun」は、自分の卒論の主人公龍雲からきている。龍雲は張作霖と同じく中華民国期の軍閥。三国志の群雄、日本の戦国大名といったところ。

 そう、今日の冒頭の写真の人物。ちなみに左目は義眼で、抗争の最中、敵の砲撃で負傷、失明した。

 なぜこの人物を卒論でとりあげたかというと、前述したように名前がカッコいい。それと以前から興味を持っている「黄金の三角地帯」の国民党軍の残党の由来に関係してくるからでもある。

 龍雲は蒋介石政府の肩書きを持ちながら、「漢奸」汪兆銘、共産党、民主人士らと常に連携していた。それは蒋介石の中央の介入を恐れる地方軍閥のスタンスであったが、もはや抗日、愛国などのイデオロギーは決定的なものではない。今のイデオロギッシュな時代描写では役不足な歴史の場面ではある。

 結構長くなったから今日は此迄。とりあえず昼からのバイト頑張ろう…!