《 京都 古寺を巡る 》
- 寺社巡りが楽しくなる京都ガイド -
本テーマ 29
〈 泉 涌 寺 〉
泉涌寺は、
京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。
山号は東山又は、泉山。
本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。
平安時代の草創と伝えるが、
実質的な開基(創立者)は鎌倉時代の月輪大師俊芿である。
東山三十六峰の南端にあたる
月輪山の山麓に広がる寺域内には、
鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、
江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、
皇室の菩提寺として「御寺泉涌寺」と呼ばれている。
美仏・楊貴妃観音を拝する
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「御寺」と尊称される
皇室ゆかりの寺
天長年間(824~834)、
この地に空海が庵を結び、
法輪寺と名付けたことを起源とする。
一旦は荒廃したが、
1218(健保6)年になって月輪大師が再興し、
落成のとき清泉が涌いたことから「泉涌寺」と改称した。
大師は宋に12年滞在して
天台・浄土・律・禅宗の教えを学んだため、
建造物も宋の影響を受けている。
但し現在のほとんどの建物は
応仁の乱や明治の大火によって焼失した後、
移築、再建されたものである。
鎌倉時代の四条天皇の葬儀を引き受けて以来、
皇室の菩提寺であり続け、
天皇の御陵と天智天皇以降の御尊牌を
守っていることから「御寺」と呼ばれる。
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宮廷の生活が窺える
南宋の様式の寺院
境内で最も高い位置にある大門の先には仏殿が立ち、
運慶作と伝わる三尊仏を祀る。
三体の本尊を並べて安置する様式は国内では珍しく、
その建物を本堂ではなく仏殿とよぶのは宋式である。
天井には狩野探幽作の龍図が、
三尊背後には同じく探幽作の白衣観音が描かれている。
また、
大門近くの楊貴妃観音堂には
楊貴妃観音像が祀られています。
楊貴妃の美にあやかり、
美人祈願、良縁祈願に訪れる女性が多い。
その他境内には
「御寺」の名に相応しく
皇室の参拝時の休憩所である御座所、
皇族の守り本尊を祀る海会堂、
四条天皇はじめ、
後水尾天皇から仁孝天皇まで
25陵・5灰塚・9墓が営まれる月輪陵がある。
-《 宋より請来しました 》-
☆ 楊貴妃観音像 ☆
~ 重要文化財 ~
1230(寛喜2)年に月輪大師の弟子・湛海が
宋から持ち帰ったもので、
玄宗皇帝が楊貴妃の冥福を祈って造像したとの伝承を持つ。
60年ほど前までは
100年に一度しか公開されない秘仏であった。
-《 徳川家綱が再建しました 》-
☆ 仏 殿 ☆
~ 重要文化財 ~
応仁の乱で多くの伽藍が焼失したため、
仏殿は1668(寛文8)年に
徳川4代将軍・家綱によって再建された。
宋の影響を受けており、
土間などの建築様式が禅寺風である。
-《 仏殿に安置されています 》-
☆ 三 尊 仏 ☆
本尊として仏殿に安置されているのは、
過去・現在・未来を表す釈迦・阿弥陀・弥勒の3体の如来像。
3体を並べるのは宋式の安置方法で、
像は運慶の作。
-《 皇室の雅が香ります 》-
☆ 御 座 所 ☆
京都御所内にあった皇后宮の御里御殿を
明治天皇が移築したもの。
女官の間、侍従の間、勅使の間など6部屋があり、
玉座の間は皇族方の休憩所として
今も使用されています。
-《 本尊背後に描かれています 》-
☆ 白衣観音壁画 ☆
仏殿・本尊の背後にあたる裏堂壁には白衣観音が、
鏡天井には龍が描かれている。
いずれも江戸時代初期の
画家・狩野探幽の筆による壁画で、
空白の美が見てとれます。
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大涅槃図を拝む涅槃会
年に3日、仏殿にて釈迦入滅の様子を描いた
大涅槃図が公開される。
高さ15m、幅7mの涅槃図は
日本最大級。
期間中は有料で蕎麦や抹茶の接待も受けられます。
《 開催期間 》
3月14日~3月16日
《 法 要 》
3月15日
= DATA =
《 住 所 》
京都市東山区泉涌寺山内町27
《 交通アクセス 》
■ 市バスの場合 ■
202系統・207系統・208系統
「泉涌寺道」下車徒歩8分
■ 鉄道の場合 ■
JR奈良線又は、京阪本線
「東福寺」駅下車徒歩
総門までは約15分、大門までは約20分
《 拝観時間 》
9時00分~16時30分
≪注≫12月~2月は16時迄
《 拝観料 》
¥500
御殿・御座所庭園:¥300
《札所等》
●真言宗十八本山 第8番目
●洛陽三十三所観音霊場 第20番目
●京都十三仏霊場 第6番目
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★ 龍虎 俊輔 ★
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