storage of my life story 51 | 龍慈ryuukeiのブログ

龍慈ryuukeiのブログ

愛一元の世界ここに在り。
https://market.orilab.jp/user/632c1a54eb613 

2月20日、月曜日。午前9時。

 

 

早朝から理事たちに特別招集が掛かり、医者協会付属看護専門学校の5階視聴覚室に於いて、秘密裏に緊急理事会が行われた。

 

 

峰子の代理人である柴田祐二弁護士から、当理事会が長田峰子に与えた退学勧告に相当する告知対応に対して、損害賠償と慰謝料を求める内容証明郵便が、2月18日土曜日に届いた件と、その発端となった坂本保と坂本朝治の逮捕に伴う事実が発覚して、理事会として至急対応しなければならなかったからだ。

 

 

学長の黒川光代がホワイトボードに、本日の議題について、と大きく書いた。

 

看護学概論の教官である福本美奈子が、詳細を箇条書きにしたレジュメを理事全員に配り終えると、早速会議が始まった。

 

 

まず、坂本朝治のゴルフ仲間であった中年の理事が、警察署長の駒田からコッソリ聞いた事情を詳しく説明した。

 

 

坂本親子の逮捕理由を知った理事たちは、にわかには信じられない内容に、驚きを隠せず口々に言った。

 

 

「坂本さん、ホンマ、エラい事してくれはりましたな。」

 

「学校だけやのうて、私らにも火の粉が飛んで来るんちゃいますか?」

 

「こんな大変な事件、マスコミも騒ぎますやろ。」

 

 

その場に居る全員が険しい顔になる。

 

 

「坂本さんは医師として、倫理的に問題のある行動をされました。よって、理事を解任するのが妥当でしょう。」

 

 

一番年配の理事がそう言うと、大半の理事が頷いた。

 

 

そこで、ずっと黙っていた医者協会の顧問弁護士である山口亮介が、立ち上がって言った。

 

 

「まず、内容証明郵便についてですが、起きた事が事ですし、金額については、掛った入学金・学費・教科書代・制服代等への弁済、そして我々の誤解で間違った退学勧告をしてしまった事により、彼女の二年間という時間と労力が無駄になった事に対する慰謝料で、これはどう考えても非常に妥当な要求です。」

 

 

山口弁護士が呼吸を整えて続ける。

 

 

「こう言う件では普通、初めは大金を吹っ掛けてくる事が多いんですよ。でも初めから終着点を示して来たのは、これから大変厳しい立場に置かれる学校側にこの件を早期解決して、その分、各方面に対処できるように気遣った長田さんの配慮なのではないでしょうか。ですから早急に条件をすべて吞んで解決するのが、うちにとっては得策です。下手に値下げ交渉なんかして時間を掛けて拗れたら、マスコミも動き出しますし、事態がどうなるか分かりません。手遅れになってから動いたのでは遅いんです、学校が存続できない程の大変な事態になりかねません。それに、この柴田弁護士の親戚には、柴田法務大臣と谷川警察庁長官がいらっしゃるんですよ。」

 

 

理事たちがざわざわと騒めいた。

 

 

ずっと沈黙していた高井が言った。

 

 

「長田君は退学するつもりじゃないかなぁ?そうでなきゃ弁護士なんて立てないでしょ。それならできるだけ気持ち良く送り出して、彼女のこれからを応援しませんか?」

 

「それが良いかもしれませんな。」

 

 

一条の光を見つけたように、理事たちが高井の方を向いて頷いた。

 

 

その流れを見て、山口弁護士が言った。

 

 

「それでは要求を全部呑む代わりに、学校についての事は今後一切、他言無用という条件で示談交渉をいたします。これについて異議のある方はいらっしゃいますか?」

 

「異議なし。」

 

 

高井の発言により、善い人として世間から認知されていたい理事たちは、全員一致で山口弁護士の方針で示談を進める事と、坂本朝治の理事解任を可決した。

 

 

大混乱から一転して、落ち着いた雰囲気で理事会は閉会した。

 

 

高井は、峰子だけでなく、沢山の在校生の立場を考えて、これから大変ではあるだろうが、それでも一番マトモな形に決議して良かったと、心から安心したのだった。

 

 

前途有る若者たちの将来は、太陽を向いて咲く向日葵のように、イキイキと明るく輝くものであって欲しい。

 

 

それに、医師の中にだって、病気の治癒と改善に日々努力して精進を続けていたり、人が健康で愉しい人生を過ごす為に役立つ研究をしている等、志を持つ者が普通にいるのだ。

 

 

普段から車は使わず電車移動の高井は、駅に着くと馴染みの『立ち食いうどん』の店で朝昼兼用の『キツネうどん』を食べながら、皆が自分らしく笑える事を願ったのだった。