「素直な心ほど 人を動かすものはない」

この一行の言葉には、静かなのに深く、あたたかいのに力強い、人の心を根元から揺さぶる響きがあります。相田みつを先生の言葉は、いつも決して派手ではありません。難しい理屈で人を説得することもありません。ただ、誰の心の中にも最初からあるはずの大切なものに、そっと光を当ててくれます。この言葉もまた、人が人として生きるうえで最も大切な“あり方”を静かに語りかけているように感じます。

素直な心とは、なんでしょうか。それは、弱さを弱さのまま認められる心。失敗を失敗として受け入れられる心。自分よりもすごい人を、素直にすごいと認められる心。ありがとうをありがとうと言える心。ごめんなさいを、飾らずに言える心。言葉にすれば当たり前のようでありながら、実はとても難しいことばかりです。人は大人になるほど、経験を重ねるほど、知らず知らずのうちに心に鎧をまとってしまいます。傷つかないように、自分を守るために、強がり、言い訳を覚え、プライドで心を覆ってしまいます。

しかし、その鎧は確かに自分を守るけれど、同時に人の心にも、自分の心にも、直接触れられなくしてしまうのです。どれだけ立派な言葉を並べても、どれだけ理屈で説明しても、人は本当の意味では動きません。心は、理屈ではなく、心でしか動かないからです。そのときに力を持つのが、作られた言葉ではなく、打算のない態度でもなく、ただ真っ直ぐに生まれる「素直な心」なのだと、この言葉は教えてくれます。

人を動かすというと、説得するとか、導くとか、引っ張るとか、どうしても強さや技術のようなイメージを持ちがちです。しかし、相田みつを先生はまったく逆の方向を指し示しています。人は、自分を守ろうとしていない人に心を許します。自分をよく見せようとしていない人に安心します。ありのままの自分で立っている人の姿に、なぜか胸を打たれるのです。

素直な心は、力で押すことはありません。相手を変えようともしません。ただ、自分の心を偽らずに生きているだけです。それなのに、人はその姿に動かされます。「この人のように生きたい」「この人のためなら力になりたい」と、自然に思えてくるのです。これこそが、本当の意味で人を動かす力なのだと思います。

若い人たちにとって、今の時代はとても生きづらい時代かもしれません。常に誰かと比べられ、評価され、見えない競争の中に身を置かれています。失敗すればすぐに叩かれ、弱音を吐けば甘いと言われる。強くなれ、賢くなれ、完璧であれと、社会は無言の圧力をかけ続けています。

そんな中で、素直な心でいることは、弱さとして見られてしまうこともあります。しかし、本当は逆なのです。素直でいることは、逃げていることではありません。むしろ、自分と真正面から向き合う、最も勇気のいる生き方なのです。強がらず、飾らず、嘘をつかずに生きることは、誰にでもできることではありません。それができる人こそ、実は一番強いのだと、この言葉は静かに教えてくれます。

人は、誰かの素直な涙に心を打たれます。誰かの飾らない笑顔に励まされます。誰かの不器用な一生懸命さに、自分の背中を押されます。それは、その人が「素直な心」でそこに立っているからです。演じていない心、計算していない心、見返りを求めていない心。その透明さが、人の奥深くまで届き、静かに心を揺り動かします。

相田みつを先生の書は、そのことを文字そのもので語っています。整いすぎていない形、かすれた線、にじんだ墨。それらは決して「うまく見せよう」として存在していません。むしろ、自分の不完全さをそのまま紙の上に差し出しているように見えます。だからこそ、見る人の心にまっすぐ届くのです。そこには技巧よりも、素直な魂が宿っているからです。

「素直な心ほど 人を動かすものはない」という言葉は、人生の中で何度も思い出してほしい言葉です。うまくいかないとき、自分に自信がなくなったとき、人にうまく気持ちを伝えられないとき。誰かの心を変えたいと願う前に、自分の心が本当に素直であるかを見つめてみる。強く見せようとしていないか、わかったふりをしていないか、傷つくことを恐れて心を閉じていないか。その問いかけこそが、人生を少しずつ優しく、そして力強くしてくれるのだと思います。

人を動かすのは、大きな声でも、厳しい言葉でもありません。小さくても本物の心です。揺るぎない正しさよりも、迷いながらも誠実であろうとする心です。そのことを、この短い一行は、何千語よりも深く、何百冊の本よりも静かに、私たちに語り続けています。

どうか言葉だけでなく、相田みつを先生の書そのものも、ぜひ見て、感じて、心で受け取ってほしいと思います。文字の形、墨の濃淡、余白の静けさ。そのすべてが、言葉以上の感動を胸に残してくれるはずです。字を見ることで、言葉がさらに生きたものとして、心に深くしみ込んでくるのです。

最後に、こんなにも人の心の奥に光を灯し続けてくださった相田みつを先生に、心からの感謝を申し上げます。時代が変わっても、人の迷いや弱さは変わりません。その中で、何度も立ち返る場所を与えてくださったことに、深く感謝いたします。ありがとうございました。