中江藤樹は「近江聖人」と呼ばれ、江戸時代初期の日本において多くの人々の心を導いた人物でした。彼の教えの根底には、人としてどう生きるべきかという普遍的な問いに対する真摯な答えがありました。その中で「正しさは時に孤独を生む。正しい道を歩むには、孤独を恐れてはならぬ」という言葉は、現代を生きる若い方々にとっても大きな指針となり得るものです。この言葉を深く味わっていくと、正義や誠実さを貫くことの意味、そしてそれを選び取る際に避けられない孤独の重さについて考えさせられます。
まず、この言葉が語る「正しさ」とは、単なるルールや規則を守ることだけではありません。人として恥ずかしくない選択をし、他人を傷つけず、社会をより良くしようとする誠実な生き方を指しています。正しさは時に多数派に流されず、自分自身の内なる良心に従うことでもあります。たとえ周囲が違う方向を向いていても、真実だと信じる道を選ぶ勇気。それが中江藤樹の説いた「正しい道」なのです。
しかし、人は群れを成して生きる存在であり、孤独を避けたいと本能的に思います。だからこそ、正しさを選ぶことは時に周囲との摩擦を生み、自分だけが取り残されたような気持ちになることもあります。例えば学校や職場で、不正やいじめ、理不尽なルールを目にしたとき、それを見て見ぬふりをするのは簡単です。しかし声を上げ、違うと主張することは勇気がいります。時に笑われ、疎まれ、仲間外れにされることもあるでしょう。まさに「正しさは時に孤独を生む」のです。
この孤独を恐れて正しさを曲げてしまえば、一時的には楽かもしれません。しかし後になって心の奥底に消えない悔いを残すことになります。逆に、孤独を覚悟してでも自分の信念を貫けば、たとえその瞬間には理解されなくても、必ず後になってその意味は誰かの心に届きます。中江藤樹が生きた時代もまた、正義を語ることは容易ではなく、時に権力者や世間と対立する危険すらありました。それでも彼は道義を貫き、多くの人に「人の道」を説き続けたのです。その姿勢こそが、時代を超えて今も尊敬を集める理由です。
現代の若い方々にとっても、この言葉は非常に大切なメッセージとなるでしょう。SNSやインターネットの中で、多数派の意見や空気に流されることはとても簡単です。しかし「いいね」や承認を求めるばかりでは、自分の本当の声がかき消されてしまいます。大切なのは、周囲の評価よりも自分自身が誇れる選択をすることです。たとえ孤独を感じても、その孤独は自分を成長させ、真の強さを育む糧となります。
また、この孤独は決して永遠のものではありません。正しさを貫く姿は、必ず誰かの心に響きます。最初は一人でも、同じように正義を大切にする仲間が現れ、やがてその輪が広がっていきます。人類の歴史を振り返れば、偉大な改革や変革は、いつも最初は少数の孤独な声から始まっています。その声を恐れずに上げた人々が、新しい時代を切り開いてきました。若者たちもまた、自分の信じる道を歩むことで、未来を変える力を持っているのです。
孤独を恐れない生き方は、同時に自分自身との深い対話を求められる道でもあります。他人に合わせて生きているときには気づかなかった、自分の心の声がはっきりと聞こえてくるからです。その声を丁寧に受け止め、自分が何を大切にしているのかを見極めることこそ、人生の軸を作る作業です。その過程を経てこそ、孤独の中で揺るがぬ強さが養われていきます。
もちろん、孤独には痛みがあります。仲間から外れること、誤解されること、自分だけが違う方向に歩んでいるのではないかという不安。それらを感じるたびに心は揺さぶられます。しかし、その痛みを避けてしまえば、本当に正しい道を歩むことはできません。痛みと向き合うからこそ、人は真に成長できるのです。
この言葉を胸に生きることは、今を生きる若者にとって大きな勇気を与えてくれるでしょう。社会が変化のスピードを増す中で、多くの人が不安や迷いを抱えています。そんな時代だからこそ、正しさを貫き孤独を恐れない姿勢が求められています。自分自身に正直に、胸を張って歩み続けることで、たとえ少数派であっても未来を照らす光となることができるのです。
最後に、私たちにこの大切な言葉を残してくれた中江藤樹に深く感謝を捧げたいと思います。あなたの教えは時を超えて、今も多くの人の心を励まし続けています。正しさを選ぶ勇気と、その先にある孤独を恐れない強さを、現代を生きる私たちも受け継いでいきます。ありがとうございます。