人は生きている限り、誰かとの関わりの中で歩んでいきます。親子、友人、恋人、夫婦、職場の同僚、あるいは社会全体。私たちは「他者」を避けては存在できない生き物です。だからこそ「人を大切にすることの大切さ」を教えられる機会は多いでしょう。しかし、相田みつをさんの言葉はその一歩奥に踏み込んでいます。「自分を大切にすることが、人を大切にすることにつながる」。ここには、人間関係の本質を見抜いた深い洞察が込められています。

多くの人は「人を大切にしなければならない」と聞くと、自分を犠牲にする方向へと気持ちが傾きがちです。親切であろう、優しくあろう、役に立とうとすればするほど、どこかで「自分を後回し」にする癖がついてしまう。日本の文化や教育には「我慢」や「自己犠牲」が美徳とされる側面が長くありました。そのため、自分の気持ちや体を犠牲にしてでも他人に尽くすことを「善」と考える人が少なくないのです。

けれども、その姿勢が本当に他人を幸せにするのでしょうか。疲れ切った心で差し出す優しさは、どこかぎこちなく、相手にまで重荷を感じさせてしまうことがあります。自分を大切にできていない人の優しさは、長く続けることが難しい。やがて疲弊し、苛立ち、時には人を責める気持ちに変わってしまうことさえあるのです。

相田みつをさんの言葉は、そうした人間のすれ違いを見抜いた上で、「まず自分を大切にしなさい」と教えてくれます。自分を大切にするとは、わがままにふるまうことではありません。自分の命を尊ぶこと、心をいたわること、気持ちを正直に見つめてあげることです。眠いときは休む、苦しいときは誰かに打ち明ける、できないことはできないと言う。それらは決して甘えではなく、人として自然で健やかな営みです。

自分を労わることができる人は、人の労わり方も自然と知るようになります。自分の苦しみを理解しているからこそ、人の痛みにも寄り添える。自分の限界を認めているからこそ、他人の弱さも受け入れられる。まさに「自分を大切にすることが、人を大切にすることにつながる」のです。

相田さんの書を見ると、その文字は一見すると素朴で、力強いけれども決して威圧的ではありません。余白の中に漂う温もり、少し不揃いな筆の流れ。そこには「人間は完璧でなくていい」というメッセージが滲んでいます。彼は「にんげんだもの」という有名な言葉を残しました。完璧を求めるよりも、ありのままの自分を受け止めることこそ、人間らしい生き方であると伝えてくれました。この「自分を大切にする」という言葉も、その延長線上にあるのです。

思い返せば、私たちが最初に「人の大切さ」を知るのは、親や家族に大切にされる体験からです。温かいご飯を作ってもらい、抱きしめられ、励まされる。その記憶があるからこそ、人も同じように守りたいと思う気持ちが生まれます。同じように、大人になってからも「自分を大切にする」ことで心に余裕が生まれ、人に優しさを届けられるのです。

反対に、自分を否定し、価値がないと思い込んでいると、他人の価値を認めることも難しくなります。自分を軽んじる人は、無意識に人をも軽んじてしまう。だからこそ相田さんは、まず自分を尊重することを何度も書で表現しました。それは自己中心ではなく、自己尊重。自分の命や心を大切に扱うことが、人間関係の根っこを育てる行為なのです。

現代社会は忙しく、常に人との比較や評価にさらされています。誰かの期待に応えようと、つい自分を犠牲にして頑張りすぎてしまう。そんな時代だからこそ、この言葉は私たちに深く響きます。「もっと自分を大切にしていいんだ」と、優しく肩を叩かれるような感覚を覚えるのです。

そして、相田さんの書には「言葉以上の力」があります。墨のにじみ、紙の質感、余白の静けさ。そのすべてが一体となり、読む人の心を直接揺さぶります。本で文字を読むだけでは伝わらない、魂の響きがそこにはあるのです。

どうか、相田みつをさんのこの言葉を文字で読むだけでなく、実際に書を目にしていただきたいと思います。書き下ろされた文字の一つ一つに、彼の生き方と祈りが込められています。そこに触れるとき、きっと言葉以上の感動を受け取れるはずです。

「自分を大切にすることが、人を大切にすることにつながる」――その言葉を、ぜひ書とともに心で味わってみてください。きっとあなた自身の生き方にも、優しく力強い光が差し込むでしょう。