「言葉は薬にも毒にもなる。」
この一言は、野村克也さんが長年の人生と野球指導の中でたどり着いた、深い人間観と哲学を凝縮したものです。野村さんは、プロ野球の名捕手として、また監督として数々の名選手を育て上げました。その過程で彼がもっとも大切にしたのは、技術や戦術と同じくらい「人をどう育てるか」ということでした。選手にかける言葉、日常でのやり取り、励まし、叱責。それら一つ一つが、人を立ち上がらせる薬にもなれば、時に心を傷つける毒にもなりうる。その事実を知り尽くしていたからこそ、この言葉が生まれたのです。
野球は技術の競い合いであると同時に、人間の心の勝負でもあります。ミスをすれば落ち込み、試合に出られなければ焦りが募り、実力が発揮できなければ自己否定に陥る。そんな繊細な心の動きを抱えながら、選手たちは日々プレーしています。その選手たちを支える監督や指導者の言葉には、時に人生を変えるほどの力が宿ります。一言の励ましで眠っていた才能が目を覚まし、一言の否定で未来への道が閉ざされてしまうこともある。野村さんは、何千人という選手と接し、その言葉の影響力を誰よりも実感してきました。
彼はしばしば「選手は木の芽のような存在だ」と語っています。芽を育てるには、太陽の光や雨水、肥料が必要です。けれども、それ以上に大切なのは、成長を妨げない環境と、必要なときに与える適度な刺激です。監督の言葉は、その芽に降り注ぐ光にもなれば、冷たい霜にもなる。だからこそ言葉を投げかけるときには、ただ感情をぶつけるのではなく、相手の心にどう届くかを考え抜かなければならないと野村さんは説きます。
しかし、だからといって野村さんは選手をただ甘やかしたわけではありません。むしろ彼は「ぼやき」と呼ばれるほど、厳しい言葉を投げかける監督として知られました。ただ、その「ぼやき」は単なる批判ではなく、相手を奮い立たせ、もう一段上の力を引き出すためのものだったのです。時には選手をマスコミの前で叱責し、その悔しさをエネルギーに変えさせたこともありました。その裏側には「この選手なら乗り越えられる」という信頼がありました。毒のように見える言葉が、本人の中では薬に変わり、次の成長につながる。野村さんは、その境界線を見極める眼を持っていたのです。
「言葉は薬にも毒にもなる」という真理は、野球の世界だけでなく、私たちの日常生活にも深く通じています。家庭での親の言葉、学校での教師の言葉、職場での上司や同僚の言葉。それらはすべて、相手の心に何らかの作用を及ぼしています。励ましの一言で救われる人がいれば、無神経な一言で一生の傷を負う人もいます。だからこそ、自分が発する言葉には責任が伴うのです。
野村さんは「指導者は言葉の職人でなければならない」とも語っています。どんなに立派な理論を持っていても、それを選手の心に届く言葉に変換できなければ意味がない。相手の性格や気持ちの状態に合わせて、伝え方を変える必要がある。例えば、叱られて奮起するタイプもいれば、萎縮してしまうタイプもいます。同じ「もっと頑張れ」というメッセージを伝えるにしても、強い口調が薬になる人もいれば、優しい言葉が薬になる人もいる。その見極めと工夫こそが、人を育てる上で欠かせないのです。
また、この言葉には「自分自身の言葉によって自分の心も作られる」という意味も込められているように思えます。私たちはしばしば、自分自身に語りかけています。「どうせ自分なんて」という言葉を心の中で繰り返せば、それは毒となって自己否定を強め、挑戦する気力を奪ってしまいます。しかし「まだやれる」「ここからだ」という言葉を自分に投げかければ、それは薬となって勇気を与えてくれる。言葉は、他人に作用するだけでなく、自分自身の心をも育てたり、蝕んだりするのです。
野村さんの人生そのものが、その教えを裏付けています。テスト生から這い上がり、球界を代表する捕手となり、監督としては不遇の球団を日本一に導いた。決してエリートではなく、むしろ苦労を重ねたからこそ、言葉の重みを知っていました。人に救われた言葉、自分を奮い立たせた言葉、逆に心をえぐった言葉。そのすべてを糧にしてきたからこそ、「言葉は薬にも毒にもなる」という真実を、確信をもって語れたのでしょう。
この言葉を受け止めるとき、私たちは「言葉を選ぶ責任」と「言葉の力を信じる勇気」の両方を学ぶことができます。周囲にいる誰かのために、傷つける言葉ではなく、立ち上がる力を与える言葉を届ける。その努力を怠らないこと。そして、自分自身にも前向きな言葉をかけ続けること。それが、野村さんが私たちに残してくれた人間教育の核心なのだと思います。
最後に、この言葉をもう一度心に刻んでみましょう。「言葉は薬にも毒にもなる。」それは単なる注意や戒めではなく、人を生かすも殺すも、私たち一人一人の言葉の使い方次第だという、厳しくも温かい教えです。野村さんがその生涯をかけて伝えた、人を思う心と人間への深い信頼。その本質を忘れず、私たちもまた誰かの人生にとって薬となる言葉を選び続けたいのです。
――野村克也さんの教えに、心からの感謝を捧げます。