「幸せに『慣れる』と、感謝を失う。」
この言葉には、私たちの心の動きや、日常に潜む落とし穴が静かに込められています。茂木健一郎さんは、脳科学の知見をもとに、人間の感情や意識、そして人生の可能性について語り続けてきました。その発言の背景には、「人間の脳は刺激に慣れる」「心の変化は脳の使い方に深く関わっている」という事実があるのです。
たとえば、新しいスマートフォンを手にしたとき、私たちは喜びを感じます。色や質感、スピード、写真の美しさに心が踊ります。しかし数日、あるいは数週間もすれば、その感動は薄れてしまいます。次第に当たり前になり、不満すら出てくる。これは人間の脳の「順応性」によるものです。環境に適応する能力は、生物が生き延びるために備えてきた大切な機能です。でも、幸せに「慣れてしまう」と、それが「当たり前」となり、感謝の気持ちは静かに後ろへ下がっていってしまうのです。
茂木さんは、「脳は変化を好む」と言います。つまり、同じことの繰り返しに対しては反応が鈍くなり、新しい刺激には敏感に反応する。それが脳の基本的な仕組みです。だからこそ、何かを「ありがたい」と感じ続けるには、自分自身で意識的に心を新鮮に保つ工夫が必要なのです。
幸せを「当たり前」としてしまうのは、脳にとって自然なこと。でも、それに気づかずにいると、どんどん「不満」や「不足」が心を覆っていきます。雨がしとしと降る日に、家の中で温かい飲み物を飲みながら静かに過ごせること。誰かのさりげない笑顔や、名前を呼んでもらえる温もり。それらがどれほど貴重なことかを、私たちは時として忘れてしまいます。
茂木さんの話には、そんな日常に潜む“かけがえのなさ”を再び見つけるためのヒントが詰まっています。たとえば彼は、「脳は感動によって活性化する」とも語っています。つまり、何かに感動するたびに、私たちの脳は生き生きと動き出すのです。感動は、感謝とともにやってきます。そしてその感動の積み重ねが、人生を豊かに彩ってくれる。
では、どうすれば「感謝」を失わずにいられるのでしょうか。それは、自分の感情や気づきを丁寧にすくい取る「意識の習慣」を持つことです。たとえば、朝目が覚めたことにありがとう。ごはんが美味しいと感じたことにありがとう。誰かが話を聴いてくれたことにありがとう。そうした、小さな「ありがとう」を見逃さずに拾い上げていく。その繰り返しが、脳にとっても心にとっても、幸せを持続させる鍵になるのです。
さらに茂木さんは、「自分らしく生きること」が脳を最も活性化させるとも語っています。人と比べるのではなく、自分の感情や関心、やりたいことを大切にする。そこには、自分自身にしか味わえない喜びがあります。そしてその喜びを感じられる心こそが、感謝を生む土壌となるのです。
たとえば、人間関係に疲れてしまうとき、自分が誰かに認められていないと感じるとき、私たちは「もっと何かが必要だ」と思ってしまいがちです。しかし、本当に必要なのは、「すでに自分が持っているもの」「今ここにある幸せ」に目を向ける力です。その力は、感謝という感情を育てることで手に入ります。そしてその感謝の積み重ねが、穏やかで充実した日々につながっていくのです。
茂木さんは「ワクワクすることを大切にしよう」と繰り返し語っています。ワクワクとは、脳が新しい何かに出会い、心が動いた証です。日常の中に小さなワクワクを見つけること。それは、感謝を取り戻す道でもあります。幸せを「当たり前」にしてしまうのではなく、「ありがたい」と思い直すことで、脳は再びワクワクし始めます。幸せの感度が上がるのです。
「慣れる」というのは悪いことではありません。でも、「慣れる」が「忘れる」にならないように、日々のなかに小さな驚きや感動を見つけていきたい。空の色が違って見える日、道ばたの花に目が止まる日、誰かの声が心に響く瞬間。それらすべてが、感謝のきっかけになります。
最後に、茂木健一郎さんのこんな言葉をご紹介します。「感動は、未来を開く鍵になる」。そう、私たちの脳も心も、感動を通して変化し、成長していくのです。そしてその感動の始まりは、目の前の当たり前をもう一度見つめなおすことにあります。幸せに「慣れ」すぎてしまった自分に気づいたら、そっと立ち止まって、「ありがとう」とつぶやいてみましょう。その一言が、人生の景色を変えていくのです。
さあ、感謝の気持ちを取り戻し、ワクワクする心とともに、楽しい未来を手に入れよう。