昭和という時代を語るとき、必ず名前が挙がる偉人のひとりに、土光敏夫という人物がいます。東芝の社長として、また経団連の会長として、さらに臨時行政調査会(いわゆる「土光臨調」)の会長として、国の改革にも取り組んだ名経営者です。しかし、彼が本当に尊敬されている理由は、その肩書きや経歴だけではありません。むしろ彼の「私生活」と「信念」、そして今回の言葉にあるような「行動で示す生き方」にこそ、私たちが学ぶべき価値が詰まっているのです。

土光敏夫は、粗衣粗食を貫いた人でした。経団連会長という重責を担いながら、日々の暮らしは質素を極め、新聞紙を敷いたちゃぶ台で食事をし、奥様が手縫いしたシャツを着ていました。食事も毎日ほとんど同じ献立で、贅沢とは無縁の生活を続けていたといいます。それは決して倹約のためではありません。彼が社会の上に立つ者として、国民に「無駄をなくそう」と呼びかけるなら、まず自分が誰よりも身を律する必要があると考えていたからです。

今回取り上げた言葉「声高な言葉より、静かな行動だ。」というのは、まさに彼の生き方そのものです。どんなに立派なことを口にしても、行動が伴わなければ信頼は得られません。むしろ、言葉が少なくても、静かに一つひとつ実行していく姿にこそ、人は心を動かされます。

昭和という時代は、戦後の混乱から高度経済成長を経て、日本が大きく変わっていった時代でした。物が足りなかった時代から、物があふれる時代へ。そんな中で、人々の価値観も揺れ動いていました。「豊かさとは何か」「幸せとは何か」を多くの人が問い直す時期でもあったのです。そんな時代に土光さんのような質実剛健な人物が、言葉ではなく生活そのもので信念を示したことは、非常に大きな意味がありました。

今の若者たちは、ネット社会の中で大量の言葉に囲まれています。SNSでは誰もが自由に意見を発信できる時代になり、言葉の数はかつてないほど増えました。しかし、その分だけ「中身のない言葉」や「行動の伴わない主張」もあふれています。そんな時代だからこそ、土光敏夫の「静かな行動」の価値が、かえって新鮮に感じられるのではないでしょうか。

行動することは、簡単なようで難しいものです。たとえば、誰かに優しい言葉をかけるよりも、実際にその人のために行動することの方が、ずっと勇気がいるかもしれません。けれど、心からの行動は、言葉以上に相手の心に届きます。そして、それはまわり回って、自分自身の人生も豊かにしていくのです。

たとえば、会社の中で「もっと働きやすい職場を作りたい」と言う人がいたとします。もしその人が、毎日机の上を整理整頓し、あいさつを欠かさず、周りへの気配りを丁寧にしていれば、その行動だけで周囲は自然と変わっていきます。逆に、どれだけ大きな声で理想を語っても、自分がルールを守らなかったり、他人にきつくあたったりしていれば、その言葉は誰にも響きません。

土光さんの言葉は、そうした「日々の実践こそが大切だ」と教えてくれます。とりわけ若い人たちにとって、これは大きなヒントになるはずです。若い頃は、つい大きなことを言いたくなるものです。そして「自分にはまだ力がないから」と動けなくなることもあります。でも、大きなことを語る前に、小さな行動を積み重ねていく。それが土光さんのように、本当に信頼される人間になる近道なのだと思います。

また、土光敏夫は「日本のために何ができるか」という視点を常に持っていました。自分の出世や名誉ではなく、国家や社会全体の利益を第一に考える姿勢です。これは、今の個人主義的な風潮の中で、なかなか持ちにくい視点かもしれません。しかし、誰かのために、自分を犠牲にするのではなく、むしろその方が自分の人生にも深い意味が生まれる。そういう生き方があることを、彼は私たちに見せてくれました。

最後に、今の若い人たちへ伝えたいことがあります。自分の言葉を持つことは大切ですが、それ以上に「行動を持つ」ことが大切です。誰かに見せるためではなく、自分の信念を守るために、自分で選んだ行動を一つずつ積み重ねていく。その静かな積み重ねが、やがて大きな信頼となり、周囲を動かし、社会を変えていくのです。

土光敏夫さんは、それを声高に言葉で叫ぶことなく、毎日の質素な生活と厳しい自己規律で静かに示してくれました。そういう姿勢は、今もこれからの時代にも、決して色あせることはないでしょう。

土光さん、静かなる行動の力を教えてくださって、本当にありがとうございました。心からの感謝を込めて。