「神さま、お願い」――その祈りは、人生を愛する声だった
佐藤愛子『神さま、お願い』を読んで
誰にでも、「どうしようもなくなったとき」がある。
自分ではもうどうにもならない、他人も助けてくれない、時間だけが過ぎていく――そんなとき、ふと口をついて出る言葉がある。
「神さま、お願い…」
この一冊のタイトルを目にした瞬間、私は自分の中にある“見えない存在への祈り”を思い出した。
あらゆるものが合理化され、説明がつく現代にあっても、私たちはどこかで“神さま”という存在を手放せずにいる。
佐藤愛子さんの『神さま、お願い』は、その素朴で切実な心の声を、笑いと涙を交えながら、鋭く、そしてどこまでもあたたかく描き出した一冊である。
■ 見えないものを、信じてみたくなる本
佐藤愛子さんといえば、歯に衣着せぬ物言いと、人間臭くてどこか突き抜けた視点で知られる名エッセイストである。
しかしこの本には、そんな彼女の“闘う女”の一面と同時に、“祈る人”としての姿が色濃く映し出されている。
不思議な体験や、言葉にできない出来事、そして人間の心の奥底に潜む「見えない力」との対話。
それらを、決して大げさでも神秘的でもなく、実に自然な言葉で描いている。
読みながら、「ああ、私もこういうことあったな」「これは誰もが感じていることだ」と、何度も心の奥に触れられる瞬間が訪れる。
佐藤さんの言葉には、読者を無理に説得しようとする押しつけがましさがまるでなく、ただそっと寄り添いながら、「あなたのその不安も、きっと誰かが見ているよ」と語りかけてくるようなやさしさがある。
■ 「神さま」はどこにいるのか
この本の魅力のひとつは、「神さま」という存在に、佐藤愛子さん自身がどこか半信半疑で向き合っているところにある。
盲目的に信じているわけではない。
でも、まったく信じていないわけでもない。
むしろ、「そんな馬鹿な」と笑いつつも、「でも、何かあるかもしれない」と頷きたくなる、そんな人間らしい迷いと信仰のあわいにこそ、本書のリアリティがある。
人は、苦しいとき、悲しいとき、誰にも頼れないときに「神さま」という言葉をつぶやく。
それは単なる迷信ではなく、見えないものにすがることで、どうにか立ち上がろうとする“心の動き”なのだろう。
佐藤さんのエピソードには、その“動き”がたくさん詰まっている。
そして、そこに描かれる神さまは、全能で完璧な存在ではない。
時に不在で、気まぐれで、どこか間が抜けていて、けれど不思議と人間くさい。
それがどれほど救いになることか。
読めば読むほど、「神さまって、いるかもしれないな」と、自然に思えてくる。
■ 笑って泣いて、ふと立ち止まる時間
本書を読んでいて何より感じたのは、“笑い”と“涙”の絶妙なバランスである。
佐藤さんの語り口は、いつもどこか笑いを誘う。
それは、ユーモアというよりも、人生そのものを笑い飛ばす力のようなものだ。
しかしその笑いの裏側には、人生の重さや、深い孤独、老いへの戸惑い、人との別れなど、避けがたい現実が静かに横たわっている。
だからこそ、その笑いはどこまでも優しく、そして力強い。
「辛いことも、いろいろあるよね。でも、まあ、神さまにお願いでもして、また歩いていこうじゃないの」
そんな声が聞こえてくるようで、ページをめくるたびに、どこか心が軽くなっていく。
■ 佐藤愛子という「祈る人」
この本は、「神さまの本」であると同時に、「人間の本」でもある。
そして何より、「佐藤愛子という人の本」でもある。
佐藤さんは、人生の中で幾度となく壁にぶつかり、時には怒り、時には笑いながらも、ずっと“自分の言葉”で生きてきた。
だからこそ、この本に込められた言葉は、ひとつひとつが骨太で、どれもが生きている。
祈りは、信仰者だけのものではない。
生きることに正面から向き合った人の中に、自然と芽生えるものなのだと、佐藤さんは教えてくれる。
“神さま”という存在をどう捉えるかは、人それぞれでいい。
でも、この本を読み終えたとき、きっと誰もが心のどこかで、小さく手を合わせたくなるだろう。
それは、絶望からではなく、“人生の美しさへの感謝”として。
■ 最後に
『神さま、お願い』というタイトルには、どこか無力な響きがある。
しかし、この本を閉じたとき、その言葉がまるで違った意味を持つようになる。
それは、「私には、まだ願いたいことがある」
「生きている限り、祈るべきものがある」という、静かな強さに満ちた言葉へと変わっていく。
佐藤愛子さんが人生の果てでつぶやく「お願い」は、決して弱さではない。
それは、人生をまるごと引き受けた人間だけが発することのできる、祈りという名の“勇気”なのだ。
どうか、疲れたとき、迷ったとき、心が少し弱ったときに、この本をそっと開いてみてほしい。
そこには、あなたを叱るでも慰めるでもなく、ただ静かに隣に座ってくれる“神さまのような人”が、待っている。
そして最後に、あなたもきっとつぶやくだろう。
「神さま、お願い」――
その言葉が、なんだか少し、愛おしくなる一冊です。