短編小説「龍頭聖者物語」 作:サンダ カズユキ | 龍頭聖者&サンダ

龍頭聖者&サンダ

龍に100年の命をもらった聖者のお話。
今は現世の位牌作家サンダの手を借りて
〝龍体文字ペンダント〟をつくらせている。

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   「龍頭聖者物語」              作・サンダ カズユキ

 

一匹の龍が真っ青な空を悠々と泳ぎながら齢百万歳までにあと一日を残し自らの命の終わりを感じていました。

その空の下、小高い山のてっぺんにある菩提樹の根元に齢百歳までにあと1日を残し自らの命の終わりを感じている老僧がいました。

空から老僧に気づいた龍はゆらりと身体をひるがえし目の前に降り立ち訪ねます。

 

「老僧よ、お前の百年の人生は如何なるものであったか?」

 

老僧は答えて「百年はただ夢の如し、未だ何もなし得ておりません」

 

「ならば、わしにとっての1日はお前たちには百年に値する。わしの残り1日、

すなわち百年の命をお前に託そう。今一度の人生を生きてみるがよい」

 

そう言うと龍は金色の光となって消えていきました。

老僧は死を前にして幻でも見たのかと思いつつも、ふいに眠気におそわれ目を閉じました。

どのくらいの時が経ったか、僧が気づくとやけに頭が重く、どうしたことかと手をやると両耳の横から硬いツノが二本生え、口は耳まで裂けて長く突き出た鼻先に太いひげがゆらゆらと動いていました。

 

「なんじゃ、これは!」驚いて山を転がるように駆け下り、川のよどみを恐る恐るのぞき込むと何と龍のアタマが映っていました。

 

★100年の命と共にアタマも授かってしまう僧★

 

そばで洗濯をしていた村の婆さまは腰を抜かし、子供たちは飛んで逃げていきます。

そんな中でたった一人だけじっとこちらを見ている少女がいました。

フウです。

「あんた、坊さまでしょう?」

うんうん、うまく話こともできない僧は必死で首を縦に降りますが長い口が邪魔して思うようにうなずけません。

それでも近寄ってきたフウは龍の鼻先を撫でながら

「やっぱ、坊さまの鼻だ!」と言いながらキャキャと笑い始めるのです。

それはフウが猫のように自分と僧の鼻先をくっ付けて挨拶するのが常だったので、

龍アタマのまあるい鼻先が同じだと一目でわかったのでした。

 

その様子を木の陰から見ていた村人たちも恐る恐る出てきて、身なりや仕草から龍アタマが僧だとわかりましたが、どうすることもできません。

「なんでそんなアタマになってしまわれたんですかいな…」とヨシ婆が尋ねますが言葉がうまく出せない僧侶は懐にあった紙に字を書いて龍に出会った時のことを伝えます。

村人はみんな若いころから僧に読み書きを習っていたので事の次第は何とかわかってもらえました。

でも、ホッとしたのもつかの間、今度は筆を持った右手が勝手に動き出し、なにやら絵とも字ともつかない不思議な絵文字を書き始めたのです。

「これはなんじゃ!見たこともないぞ・・・」

人一倍い多くのことを学んできた僧にもわからない。

もちろん村人にもわからない。

そのうちみんなが集まってきて僧の右手が描き出す摩訶不思議な絵文字をのぞき込んでいると、なんと筆で書いた絵文字たちがゆらゆらと動き始め、ついには紙を離れて

宙を舞いだしました。

「わ〜チョウチョみたい!とって、とって」

と、フウはあっけにとられている大人たちを尻目に大はしゃぎです。

するとその内の一匹がヨシ婆のまがった腰のあたりに止まったかと思うと、

お婆の体がフワッと光に包まれ曲がっていた腰がスッーと伸びて杖もなしで歩けるようになりました。

「お婆、歩けるようになったんか????」

驚いて叫びながら近づいてきた息子のサクゾウの口に、吸い込まれるようにして他の

一匹が入っていくと、ほどなく金色に輝きだしサクゾウの傷んでいた虫歯がコロリと

抜け落ち、新しい歯まで生えてきました。

「奇跡じゃ!奇跡じゃ!これはみんなにはよう知らせにゃならん」

サクゾウは大喜びで村に向かって走っていきました。

 

〝何と僧は龍から命だけでなく神通力も授かっていたのでした!〟

 

そして僧が村に帰り着くころには噂はすでに広まっていて我も我もと病人が寄ってくるので、右手が動くままに体の悪いところに絵文字を書くとみんなが光に包まれて肩の上がらなかったじい様も、耳の遠かったばあ様も、目が悪かった少女も、たちどころに治ってしまいました。

 

それから僧は来る日も来る日も絵文字を書き続けました。

そしてある日気がつくと村には病人が一人もいなくなって活気に満ち皆がよく働き、田畑には作物たちが生き生きと育ち村は豊かになり、龍アタマの僧の周りにはいつも笑顔が絶えませんでした。

「なんとすばらしい!悲しみや苦しみなど一つもない、これこそ理想郷じゃ」僧は素直にそう思いました。

 

それから何事もなく時はながれ子供たちはすくすくと育ち美しい娘になったフウも

嫁ぐ日が決まり、幼なじみのシンノスケとの婚礼の儀はそれはそれは盛大なもので家々にはあふれるほどのご馳走と豪華な引き出物が配られ、村は三日三晩の宴で華やいだのです。

 

★フウの婚礼★

 

「これもみんな坊様のお陰じゃ!この世こそが天国ですわ!」と皆が喜びを伝えに来ては酒を注ぐものですからもともと酒の強い僧もたまりません。

「ちょっと酔いをさましてくるぞ」

フラフラとした足取りで宴を抜け出し、いつもの菩提樹の山のってっぺんに立ち村を見渡しました。どの家にも新しい瓦がふかれ、真っ白な障子や金蘭の襖、見違えるほどに豪華になった家並みを眺めながら再びの命を得てこれほどの理想郷を作り得たことを龍に感謝しました。

「龍神様ありがとうございます、私はあなたのお陰でようやく人々のお役に立つことが出来ました」

 

でもその帰り道、酔いがさめてきた僧はふと村で最後に葬式を出したのがいつであったかを思い出せなくなっているのに気づきます。

老人たちは皆百歳を越えても元気で畑仕事に勤しみお迎えが来る気配すらありませんでしたが、逆に子どもができたとの話を聞かなくなっていたのです。

「子どもが少なくなる時期もあるじゃろう・・・皆が元気で働いているのだから悪いわけがない」と自分に言い聞かすように独りつぶやきました。

 

それからも日々は変わらず続きさらに豊かさを増す村の中で、何かが違っているような思いが幾度か湧きはしましたが気のせいだと不安を押さえ込むことが多くなっていたある日、あの盛大な結婚式から十年目にしてようやくフウに子ができたとの知らせが舞い込みます。

 

村としても久々の子供の誕生とあって皆は歓び、ミヨと名付けられた女の子は皆に大切に見守られながら何不自由なく成長し、七歳を迎えるころには昔のフウと同じように僧の鼻先に自分の鼻をくっ付けて挨拶してくれるようになりました。

「ミヨ、お前はよいこじゃ!村の宝じゃ!わしの命じゃ!」

愛くるしいミヨを僧は我が子のようにかわいがるのでした。

 

そして今日はそんなミヨの七五三のお祝い。笛や太鼓の音が響くお宮さんに村中の人が集まり赤いべべ姿のミヨは満開の梅の花の如く初々しく、髪に着けた風車のかんざしが風に誘われくるくると回るのを眺めていると僧の不安もいつしか吹き飛び祝いの美酒に気持ちがなごんでいきました。

 

 

と、その時…

山一つ越えたとなり村の方から低い地響きがビリビリと伝わってきたかと思うと突如

『ドッカ〜ン!』と天地を引き裂くほどの爆音が轟いたのです。

見ると天を焦がすほどの黒煙が立ち上り、しばらくすると細かな石つぶてが雨のように降って来ます。

村人たちは慌てて本殿に逃げ込みましたが、僧だけは辺りの様子を知ろうと石つぶてを避けながら菩提樹の山まで登ります。

 

やっとの思いでたどり着き、いきせき切らせながらようやく顔を上げて見えてきた光景はこの世のものとは思えぬもので、となり村にあった天狗山が二つに裂け大噴火を起こし真っ黒な噴煙が空高くまで届いていました。

 

流れ出た真っ赤な溶岩は谷を越えとなり村との境に広がる森を半分近くも焼き尽くし村まであと半日もかからない勢いでした。

 

〝このままでは村が全滅してしまう。何とかしなければ…〟

 

僧は左手に持った数珠を固く握り締め、龍から授かった一番大きな力を発現させる絵文字を腕を大きく振り回すようにしながら中空に描き始めます。

 

履いていた高下駄を後ろに蹴り出し、裸足で地面をがっしりと掴んで、右手は鼻先に掲げ、左手は自分の腹に食い込むほどに寄せ、絵文字を組み合わせた呪文をとなえはじめると僧の腹から虹色に輝く玉が現れ、それを左の手にガッシリと掴みました。

 

〝その姿はまさに龍神!〟

 

★龍頭聖者祈りの姿★

 

爆風が巻き起こり土煙が僧をも巻き込んで玉の輝きはいよいよ増し、雄叫びのような

龍声が天空に響き渡ると西と東の両の空からモクモクと黒雲が沸き起こり見る間に空を覆っていきました。

 

稲妻が縦横に走り雲は厚みを増しいくつもの渦を巻き始め渦は隣の渦と重なりより

大きくなり、その大きな渦同士がさらに交わりついには全天に広がりその先が見えないほどの巨大な回転となって地上を覆いつくします。

 

 

するとポツリポツリと大粒の雨が落ち始め、燃える溶岩に突き刺さり一瞬で水蒸気と化しまた空に戻る。

千粒、万粒、億、兆、京、垓…

雨はさらに無数無限の滝となって海をも作るほどに地上に流れ込み、燃えさかる溶岩の勢いは瞬く間に消え失せ黒い骸骨の群のようになってるいるいと固まったのです。

やがて大風が収まり、雲は去り、玉の光も消え、力を使い切った僧は大きくホーと息を吐きました。

 

〝よかった…これで村を救えた〟と僧が思った瞬間、背中をゴッ〜と不気味な音が這い上がってきたのです。

 

慌てて振り返ると村の裏山から今しがた降らせた大雨が激流となって襲ってくるのが見え、声を上げる間も無く家も田畑もそしてお宮に集まっていた村人も全て飲み込み

一瞬で連れさっていきました。

 

僧は血を吐く思いで今まで村のあった場所に戻りましたが、辺りはすでに一面の倒木と泥の海。

見覚えのあるものも、動くものも何一つありません。

 

その有様を見ていると大きな口も身体もガクガクと震えだし、目からは血の涙がこぼれました。

「わしは何ということをしてしまったのだ」

 

頭をかかえへたり込んでしまった僧はみずからが招いた結果に恐怖し、龍からもらった命をも絶って皆の後を追おうと深い闇に飲み込まれるようにしてうっそうとした山に吸い込まれていきました。

 

どれくらいの時間が流れたのか、どれほど深くまでわけ入ったのか…深々とした闇の中にポツンと開け、ほんのりと明るさを感じる場にでた僧は腰の短刀を抜き喉元に突き立てようとアゴを上げると、そこには満天の星空に天の河が得も言われぬ美しさで輝いているのが見えました。

するとその光に引き寄せられるかのように幾つもの狐火が現れ、その中に皆に見守られながら昇っていく小さな炎がありました。

僧にはそれがミヨの魂だとはっきりとわかりました。

「ミヨ・・・まだ七つだったと言うのに、わしはお前や皆になんと詫びたら良いのじゃ」

そう叫ぶと僧の目から止めどもなく涙が溢れでました。

するとその声が聞こえたのか小さな狐火はフルフルと揺れ、一層輝きを増しながら

「坊さま、幸せは時の長さじゃないよ。どれほど愛し愛されたかだよ、わたしたちは

とても幸せだったよ」

 

★母フウの風車を追うようにして天に昇るミオ★

 

天から響いてくるその言葉を聞いた僧はゴウゴウと喉が枯れるまで泣いて泣いて泣き尽くしました。

すると体中の力が抜け握りしめていた短刀は地面にカランと転がり、空っぽの心の奥から新たな絵文字が次々と浮かんできたのです。

その絵文字たちは共生、受容、平和、学び、つなぐ・・・それぞれが愛の響きに満ちていて、これまでの嵐を呼ぶような強い力の絵文字たちと溶け合いながらみるみる一つの円相の中に収まって美しい曼荼羅となって金色に輝きだしました。

 

その光が優しく僧を包みこむと再び天からの声が響いてきます。

 

「すべてはひとつ、すべてにかんしゃ、すべてありのまま、あるがまま・・・」

 

★聖者が悟った世界の姿★

 

その声が絶望した僧の心に染み渡るとこの世界の真の姿と、これから何をなすべきかがはっきりとわかって、翌日にはその場に小さな庵を結び食べることも眠ることも忘れ、心から溢れ出る絵文字をただ一心に刻み続けたのです。

そんな祈り日々は一瞬のようでもまた永遠のようでもあり、いつしか勇壮に生えていたツノは落ち、突き出た鼻先も消え僧はもとの人の顔に戻っていったのでした。

 

そしてついに龍にもらった百年の命もあと1日を残すだけとなった日、庵を出て大水の日以来一度も行ってなかった菩提樹の山に登ってみました。

頂上に近づくにつれ張り裂けそうになる心を抑えながら僧はついにてっぺんに立ちました。ほほに柔らかな風がながれ白く長い髭をなびかせます。

どこまでも見渡せる景色、あの日二つに裂けた天狗山は緑に覆われ、焼け焦げた森にも動物たちがもどり、裏山の小川は穏やかに流れていました。

そしてかつての村に目を落とすと何と田には金色の稲穂が実り、寄り添うようにして

建つ質素なつくりの家々にゆうげの煙があがり、あぜ道には子供達の声がこだましていたのです。

全てを奪った大水の後、何処からか新しい人々がやって来て荒れた田を起こし家を建て子を産み命を繋いでいたのでした。

 

その新たな村の通りにリンを鳴らしながら歩く人たちが見えました。

夕闇が近づく中でゆっくりゆっくりと歩く人々の列が葬送の道行きだと分かった老僧は静かに手を合わせ、夕空に大きく絵文字の曼荼羅を描きます。

するとその曼荼羅は夕陽と一つになって金色の光を放ちながら世界の隅々にまで広がっていったのです。

 

その光景を見届けると、老僧は静かに菩提樹の根元に座りました。

見渡す限りの景色が紅く染まり百年前と同じようにやはり夢のようだと感じましたが

もう龍が現れることはありません。

そして、神々しいほどの微笑みを浮かべながらその生涯を終えていったのです。

 

 

 

後年、聖者の刻み続けた絵文字は

〝龍体文字〟と呼ばれるようになり

今も多くの人々の願いを叶え続けているのです。

 

 

「龍頭聖者物語 」    =完= 

 

 

★円相につながる龍体文字★