ボクタビ第1部[乙女は何の夢を見たか] | 情熱派日本夕景

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真夜中の事。

結城はいつも通り、アイマスクをして爆睡中。

寝言を言いながら、終始、にやついてる。

多分、いい夢でも見てるのだろう。

「…ふふっ。
いいねぇ…。
俺、今日はイケてる?
イケてない?」

かなり趣味が悪そうだ。

が、今日は違った。

「…あれ、あんた…。

ぐっ…!!
うっ…。」

うなされるような喘ぎ声が、2、3分の感覚で出て来るようになったのである。

まるで、悪魔に襲われているような…そんな感じである。
「くうっ…ぐうっ…ああっ…て、てめぇっ…お、俺に何をしたいんだ…。
…っつーか、南の声で誘うな!!
奴には、櫻井っちゅー…。」

詳しくは言えないが、とにかくまずい感じではある。
悪夢にうなされてるというより、夢魔に襲われている…というか。

それから数時間。
彼は酷くやつれた顔になっていた。

口からは、絶えず念仏が聞こえてきそうである。

それは喫茶店でも全く変わらなかった。

まず、とにかく愛想がなくなっている。

普段は、最低限のスマイルを浮かべて、

「いらっしゃいませ。
おはようございます。」

と、一応挨拶はする。

マスターは、

「…引きつってるわね。」

と、ボソッと駄目出し。

そこで、今日はお冷や作りをやることになったのである。

だが、お冷やの準備する時ですら、尋常じゃないのである。
氷も仕込みのレモンもバラバラ、水の量も軽く誤差が生じてしまっていたのだ。

ちなみに、普段の彼は、あの几帳面で厳しいマスターに

「几帳面過ぎるわよ、もう…。」

と茶茶を入れられる程、氷を綺麗に並べたあと、輪切りのレモンを挟むように入れ、水も目安の線ぴったりに入れないと落ち着かないかの如く、かなり神経を使っているのである。

それゆえに、お冷やを頼んだ客から、

「…今日のお冷や、ちょっと変でした…。」

と、言う意見が多々…。
そりゃ、当たり前か…。

レモンはバラバラ、氷はぐちゃぐちゃ…。
通は気付いて当たり前である。

彼は、酷い(最早、超深刻な病のような)放心状態に陥ってしまっている。

お昼休み。

彼は外でボーッとしていた。
精力を根本から抜き取られたかのような、かなりふぬけた様子だった。

こんな彼を、奴は放っておくわけがなかった。

「ゆうちゃん!!」

都だった。
あまりに元気のない結城を心配していたのである。

「…あ、都…。」

彼は、相変わらずの能面だった。

「…ゆうちゃん、どうした…。
悩みがあんなら、オレがきいたるっちゅうのに…。」
「都、訛り…。」
「いいじゃん、別に。
オレら同郷だら?」
「…。」
「ちょっと…。
何落ち込んどるん?
落ち込んだらあかんって!!」「…無茶いうなよ。」
「…すまんすまん。
ところで、ちょっとええか?」
「…何が?」
「…その…眼鏡。」
「眼鏡?
何をするんだ?」

都は、何かを確かめるかのように、結城の眼鏡を少し下げた。

しかし、何も変わらなかった。

「…なるほど。」
「都?」

都の何かを確信したかのような笑みに、結城はちょっと戸惑った。

「…いつもの、嫌な感じがしない。」
「…いつもの?」

結城は眼鏡をかけ直しながらきいた。

「…なんつっていいんだろ…。
ゆうちゃんの持つ異次元に引き込まれそうな…催眠術にかかりそうな、そんな感じ。
今回はそれがない。」
「…マジで?」
「うん。
…あ、そろそろいこうぜ。
そろそろ忙しくなるからさ。」
「…だな。
行くか。」
「おう。
…仕事終わったらさ、グラウンドにきてくれないか?」
「…?
なんで?」
「…頼むよ。」

ちょっと謎だが、とりあえず行くか…。
そんな感じである。

仕事もとりあえず一段落。
一応、ペースは戻ってきた。
とりあえず、言われるままに近所のグラウンドへ行ってみる。

すると、白球が1個…まるで結城を迎えるかのように転がっていた。
そして、奴は凄い格好で、彼を待っていたのである。

「…都?
その姿…。」

奴は、キャッチャーの装備一式すべてをフル装備していたのだ。

2人は、まるでブルペンで投げ込むのかのようにキャッチボールをしながら、話していた。

「…へへっ。
何年ぶりだろう。」
「…俺は4年振りだな。
中学でやめたから。」
「そうか。
オレはまだやってた。
しっかり正捕手だった。

…毎回、あっさりコールドだったけどね。」
「…おいおい。」
「…俺、大学進学すればよかったかな?
未練…あるし。」
「…未練…あるんだ。」
「…ある。
進学をやめたの…後悔してる。
野球…もっとやりたかったんだよな。」
「…そうか。

都。
再挑戦してみたいか?」
「…えっ?」
「…大学受験。
一般入試だから、ちょっと厳しいかもしれんがな。」

その一言をきっかけに、白球は動きを止めた。

「…大学受験…か。」

そして、悩んだ。

「…都…。」
「…おじさん、許してくれるかな…。
オレが大学進学をすること…。」
「(そういえばそうだった。
都…家の為に、自分の夢を諦めたって…。)」

確かにそうだ。
都は、父親がいない。
高校時代に奨学金を勝ち取れば、進学できたかもしれない。
でも、できなかった。

彼は、もう少し勉強していれば…と後悔していたのである。

それに拍車を掛けるように、グラウンドに大雨が降ってきた。
まるで、台風や洪水を思わせるような大雨だった。
都は天を仰いだ。

まるで、すべてが空しくなったような…そんな感じだった。

…と、結城は突然…

「うっ…。」

と何かが引っ掛かるようなものに襲われた。
雨での冷えによる風邪なのか…とも思えたが、雨は降り始めて間もない。
結城は苦しみながらも、解放しようと必死になる。

「…畜生…。
…近くにいるのか、ソフィアめ…。」

何か、幻聴やら恐怖感に襲われているようだ。

「…ふふふ。
さらに水増しでよろしくて?」

公園エリアで手を翳す女は、まるで何かを操るかのように指を曲げ延ばしを繰り返す。

水溜まりは、だんだん水位をあげてきた。

「…!!」

ここは水捌けが異常に悪く、台風が来ただけでグラウンドエリアが簡単に水没してしまうのである。

「…お気の毒様。
このまま2人ともリヴァイアサンの餌になってもらおうかしら。」

さらに悪いことに、水溜まりから有り得ない大きさの怪物(リヴァイアサンのような大物)が現れ、2人を睨んでいたのである。
女は羽を広げて、リヴァイアサンの方へ飛び立った。

「よっと。」

彼女は、化けの皮を自ら剥いだ。

まるで、悪魔のような風貌だった。

「っ…。」

結城はハッとした顔をした。
リヴァイアサンの頭上には、ぱっちりした目をした、悪魔のような女が乗っていたのである。
彼女のお腹は、少しふくよかになっている。

結城は戸惑いを隠せない。

「…そ、ソフィア…。
貴様…。」

ソフィアはさらに誘う。

「…あらあら。
昨夜はあんなに抵抗していたのに。」

怒りと憎しみを込め、なんとか出した投げ菱を投げ付ける。

都は結城の方を向いた。

「(ゆうちゃん…。
いつの間に…。)」

投げ菱はリヴァイアサンの喉を直撃。
奴は元の水に分解されていった。
ソフィアは、しまったという顔を浮かべていた。

「…!!」

彼女は、水の中に真っ逆様。
それと同時に、水が一瞬にして消滅した。

「…!?」

2人は微妙な顔をした。

「…なんだったんだ…。」

と、結城はあるものを拾った。

紫をベースに、いろいろ混ぜた色を塗りたくった…そんな感じの模様が施されたような球体である。

「…なんだろ?」

結城は少し、耳を近付ける。

すると…

ピシッ!!

と、罅が球体に入った。

それと同時に、球体は姿を消した。

本当になんだったんだろうか…。


と、伊奈城址の方角から煙があがってきた。

「!?」

まるで、狼煙のような、会津のような…。
とにかく、何かが燃えている。

「都!!
馬になれ!!」
「了解!!」


2人は、伊奈城址の方へ走って行った。