Ryutaのブログ

Ryutaのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!





2日目の夜も、言うまでもなく爆睡。







3日目



朝起きたら、前日の日焼けのせいで体が痛い…


筋肉痛で起き上がれない…






あれ?


今日こんなんでボランティアできるの?





いや、

何のためにここに来たんだ

今日も頑張るに決まってるだろ!









・・・・







うん。

今日は無理だ。

冷静に考えよう。




今日車で帰るんだよ?

ボランティアやったとしたら、高速走ってるときに寝ちゃうよ?

事故るよ?死ぬよ?いいの?















はい。僕、まだ死にたくないです。

あらちゃんとトミーも死にたくないよね?

まだ、やりたいことたくさんあるよね?














と、ゆうことでへたれ3人組(保守派)は、他の目的に最終日を費やすことに。








そもそも、あらちゃんを誘ったのには理由が…

(車持ってるってゆうのが8割だけど...)




実は、あらちゃんの親戚が宮城県の女川に住んでいて、3カ月経っても連絡が全く取れないとのこと…



そこで今回女川まで足を運んで安否を確認する


という目的があったのです




とゆう訳で、お世話になった皆さんにお礼を言い、気仙沼を後に…








車で3時間ほどかけて女川へ…





いや、目を疑った


Ryutaのブログ-女川

え?

ここに町があったの?

なんもなくない?


本当に女川には何も残っていなかった



そこら中、瓦礫の山


車の窓を開けると、一瞬でハエが何匹も車の中に入ってくる


異臭.....




そんな光景が続く中、市役所へ(元々の市役所は流されてしまっているため、臨時の市役所へ)





あらちゃんだけ中に入ってもらい、僕たちは外で待つことに





結論から言うと、安否の確認はできなかった



そもそも女川に住んでいるかすら分からなかった




どこかで、元気にしていることを切に願っています。











その後、高速に乗り、横浜へ
















1日目のつづき…




書き忘れたんですが、1日目の夜、人生で初めて蛍を見ました!

あれ、、

いいね!

LEDみたいと言った夢のない人もいましたが....







2日目







1日目の夜は爆睡。



2日目になり、9時に自分たちの車でボランティアセンターに行き、お手伝いさせていただく場所に再びワゴンで移動。




現場に向かう途中、僕は助手席に座っていたのでドライバーの方に話しかけてみた。


ドライバーの方はボランティアセンターの方なので、勝手に地元の人だと思い込んでいた。






が、しかし…


いざ話を聞いてみたらびっくり!



なんと地元の方ではなく、島根県?(たぶん)の方で、3月11日震災が起きた直後に、今までやっていた仕事を辞め、気仙沼にアパートを借り、車と荷物1つでボランティアにすべてを捧げているそうです。







いや、ビビった


言葉も出なかった。



その人曰く、

「少しでも被災した方の力になりたい」


という思いから、その行動になったそうです。




このまま滞在して、気仙沼で起業するつもりだそうです




本当に尊敬しています









そんな話をしていたら現場に到着。



1日目とは違う場所で、そこはもっとも被害の大きかった[大浦]という場所

ここはたぶん誰もがテレビで観たであろう、火の海になった場所


後から地元の人に聞いたら、

2日間、火の手が消えなくて、村の人みんなで4日間ほど近くの森に避難していたそうです




「もう終わりだと思った」




と、みなさん言っていました





ボランティアした場所は田んぼ。




山の上層部のほうだったので、そこまで被害は大きくなく、地主さん(小野寺さん)は


「頑張れば来年お米が収穫できるかも

そして、この田んぼを復興の先駆けにして、みんなを勇気づけたい」



とおっしゃっていて、それを聞いた僕たちは、何が何でも田んぼにある瓦礫を今日中に撤去しようと意気込んでいました。



この日のチームは7人で、僕たち以外の方は皆初めてだったので、昨日一応ボランティアを経験した僕が、そのグループのリーダーになりました。



この日のグループは比較的若めでしたが、やはり学生は僕たちだけでした。




そして、いざお手伝い…






暑くて死ぬかと思った




でも、地元の方が麦茶や食べ物を差出ししてくれたおかげでなんとか14時くらいにすべての瓦礫を撤去することができました!


小野寺さんもとても喜んでくれて、



本当に頑張ってよかった


とみんなで喜びました。



みんなで記念撮影 必ずまた会いましょう!



Ryutaのブログ-一緒にボランティアした皆さん







そのあと、ワゴンの迎えが来るまで時間があったので、小野寺さんに案内してもらい、山の川の綺麗な水を飲んだり、顔を洗ったりしました。

気仙沼は本当にきれいな場所で、地元の方は皆、本当に温かく、部外者である僕たちを受け入れてくれました。




必ず気仙沼が元の姿に復興するまでお手伝いします!







その後はキャンプが張ってある廃校に車で戻りました。




1日目に御馳走を分けてもらった方々に恩返しするため、カツオをスーパーで丸々購入し、カツオのたたきを作って皆さんに振る舞いました。(ちなみにカツオさばいたのはあらちゃんでも俺でもなく、もう1人の友達トミー)

トミーとは、毎晩2人で夜遅くまでいろんな話をしました。


Ryutaのブログ-カツオ



2日目(僕らにとって)からボランティアをしに来た方の中には、ある会社の社長さんもいらっしゃいました。

社長であり、多忙であるにも関わらず、貴重な休みをボランティアに捧げ、グラウンドでテントを張ってみんなで寝泊まりしている姿には、器のでかさを感じました。






また、この日の夜、日中がれき撤去をお手伝いさせていただいた、田んぼの地主の小野寺さんがわざわざ差し入れ(気仙沼ホルモン←まぁぁぁぁぁぁじで、うまい!!!)を渡しに、わざわざ来てくれました。





この方は気仙沼で高校の先生をやっていて、自分自身大切な家族を津波で亡くしているのに、前を向いていて、涙ながら僕たちに、当時のお話をしてくれました





本当に強い心を持った方です





必ずまたお手伝いしに行きます。







この日も夜、近くの山に入り、1日目の夜お世話になった方々と蛍を見ながらみんなで語りました。















2日目おわり。










7月1日~3日までの3日間東北のボランティアに友達2人と一緒に、個人的に行ってきました。

終わってすぐにブログを書こうと思ってたのですが、こんなに遅くなってしまった...





行った場所は気仙沼




ここを選んだ理由は、やっぱり被害が大きいということでよくメディアに取り上げられていたから。

そして、そもそも何故行ったのかというと自分自身、まだ学生だし、募金するといっても微々たるもの、、



「今の自分に出来る事って何なんだろう?」


と自問自答した結果、



「やっぱり実際に自分で被災地に行って少しでも力になりたい。」



と思ったのがすべてのきっかけでした。




「いざ行こう!」

となった時、

交通手段は?何持ってけばいいんだ?突然行って迷惑にならないかな?そもそも気仙沼って何県?


そんなレベルでした。



「でも、行くって決めたからには行かないとたぶんずっと後悔する!思い立ったら吉日だ!!」 



と、思い立ち、まずは前にインドでふらふらしていたときに出会ったさとこさんがボランティアに行ったということを、さとこさん自身のブログ(これ→http://ameblo.jp/kojimasatoko/entry-10947285647.html )

で知ったので、すぐさま連絡して情報を得ました。



すると、

当日現地に行けばボランティアさせてもらえる、

さらには[ボランティアセンター]なるものが被災地にはあり、そこで仕事を割り振ってくれる

ということを知りました。



そこですぐさま気仙沼ボランティアセンターと検索し、ホームページに行ったら、ボランティアの方は証明書を発行すると、なんと高速代がタダと書いてある!


「タダ」という字を見た瞬間に車で行くことを決意した、今年22歳のビンボー学生。




あ、車ねーじゃん


バイト先の2個下の奴が車持ってる。。。




その日のうちに2個下の奴(以後「あらちゃん」と呼びます)を誘い=車が手に入った(交通手段クリア)

行く日にちを決め、ボランティアセンターに連絡し、証明書を発行し、ついでにもう一人友達誘って、7月1日の夜中、あらちゃんともう一人の友達と共に横浜を出発しました。




車の中でも



「今の自分にできることはなんだ?」


って、ずっと考えてました。



宮城県のパーキングの喫煙所で知らないおじさんに喋りかけて、震災のこととか聴いたりしました。





そして、気付けば気仙沼。所要時間、約6時間程。。




どんな景色が待っているんだろう


その時、なぜか急に、とても不安になりました。

とゆうか、

ただただ、怖かった。


しかし、ボランティアセンターに行くまでの景色は普通の街並み。



あれ?普通だ。



と思っていたのはものの15分ほどでした。



ボランティアセンターに行き、着替えて、ワゴンでボランティアさせてもらう場所まで送ってもらう途中、

あり得ない光景が広がっていました。



陸地にある錆びた大型船、ぺしゃんこになった何台もの錆びた車、半壊した家、


とゆうより、そもそも




家がない。。



写真を撮ったら皆さんに共感していただけたと思いますが、あまりの衝撃で写真を撮ることなんて、できませんでした。




また、

一歩車の外に出ると、異臭、そして無数に群がるハエ。




その中で、どうにか残ったお家のボランティアをさせていただきました。



内容はというと、

泥カキ、がれき撤去、掃除、などなど


7人ほどでチームを組んで、いろいろするのですが、僕たちが入ったグループには同世代が全くいなくて

ほとんどが30~40歳の人でした。

皆さんお仕事の休みを使って、遠いところから(例えば大阪など)来ていました。


中には80歳くらいの地元のおじいちゃんがいて、話を聞いたら毎日ボランティア活動に参加しているとのことでした。



正直日頃運動していないせいもありますが、炎天下の下での活動は、相当きつかった。

自分だけかと思っていたけれど、一緒に来た他の2人も、汗びっしょりで相当きつそうでした。



「まだ20代の自分たちがこんなにバテテいるのに、80歳のおじいちゃんが毎日手伝っているのか...」




ひたすら、ぐだぐだしながら毎日を過ごしている自分がとても情けなく感じられました





その日のボランティアを終え(活動は9時~15時まで)、泊まるためにテントを張る場所をボランティアセンターの方に聞き、廃校になった小学校に向かいテントを張りました。



そこには既に何個ものテントが張ってあり、皆ボランティアに来ている方々でした。

ほとんどの方が2回目以上、気仙沼にボランティアをしに来ているリピーターの方々でした。

なので皆さん、仲が良い。




夜はたまたま週に1回の市長さん?主催の宴をするということだったので、図々しくも参加させてもらいました。




そこで、たくさんの方々と話し、さまざまなお話を聞かせてもらい、おいしいご飯も分けていただきました。(たまたま北海道でシェフをやっている方がボランティアに来ていて、ご飯を作ってもらった)


本当に皆さんに優しくしてもらい、とても楽しかったです。









そこで、気付いた…








あれ?

20人ぐらいいるのに同世代いなくない?

みんな社会人の方だし、

ほとんどの人が仕事休んできてる…









1日目終了。