TVの中から

Happy Songが流れてこなくなって

2週間経ちました。




毎朝、毎朝

聴こえてくるのが当たり前で

当たり前のように感動して、絶賛して。←




『寂しい昨日と手を繋いで

Happy Songを歌おうよ』




このフレーズが大好きで

感動して、絶賛して←二度目

納得して。




忘れたいような一日でも

思い出したくないような一日でも

辛くても、悲しくても、苦しくても

昨日は消せないから




それなら、手を繋いで

寂しい昨日を引きずらないで

手を繋いで・・・。




なんて

毎朝、TVから聴こえてくる桜井さんの歌に

ぽんぽんって肩を叩いてもらって

力抜いて、頑張るんだよ

って、言ってもらって←イタイ妄想。




『どういう未来が待っていようとも

向こうの景色を僕は見に行かなくちゃ』




って、詞を何度も心の中で繰り返して

立ち止まってないで

進むことも考えて行こうって




ワタシの中では

最近の最高で最強の応援歌でした。










先月、無事に娘は小学校を卒業して

中学生になりました。




卒業式には、なんか泣けなかったのに

入学式の日

制服姿の娘を送り出し

後姿をじっと見送っていたら

涙がどんどん溢れてきて号泣。




2年生でこのマンションへ越してきて以来

5年間、見送り続けた共有廊下

いつもと同じに見下ろして見送る作業。




小さい頃は、

何度も何度も振り返って手を振って

行って来まーすって大声で叫んだり




待ち合わせをしている友達が

なかなか来ないって、泣いて戻ってきたり




それが、いつしか振り返ることもなくなり

でも、友達と顔を見合わせながら

おしゃべりして歩いて行く娘を見て安心して。




それを見守り続けた5年間が

がーっと頭の中を駆け巡って

一人、廊下に立ちつくしぼろぼろ。




その後、泣きながら

妹に、娘の制服の写メを送ったら

『あんなに、泣き虫で夜泣きばっかりで病気がちだった○○ちゃんが・・・』

って、妹も号泣していて

また、そこで大号泣。




親は、いつでも親で

特に下の子は、なんでかいつまでも小さいままな感じで




こうやって、手を離れて行くんだなって

思うと、やけに寂しくて。




辛くて苦しかったことでも

良い思い出になんてならないけど

あんなことも、あったな・・・。

って、思える日がいつか来るのかもしれないから




寂しい昨日でも、一昨日でも

ずっと、繋いで

手を繋いでいなくちゃ

小さな幸せに気付くことも出来ないんだろうなって




なんか、よくわからないんだけど

色々考えさせられる春の始まりでした。











13日、淡路島周辺での地震。

恐い思いをしましたよね。

震度6って、ほんとに恐いから。




被害も出ているし

あの時を思い出したり

初めての大地震に震えたり

恐かっただろうなって

自分も思い出しながら考えていました。









その日、ワタシは

ミスチルのライブがあり

会場のグランディへ。




チケのエントリーがあったのは去年

まだ、迷っていました。




ライブには行きたい。




でも、あの会場へ足を運んでいいのだろうかと。




あの日から、ずっとずっと遠ざかってきた場所。

近くにある、大好きだったパン屋さんへも

やっと行けるようになったのは、去年。




誰かが止めた訳でもなく

誰かに責められる訳でもなく

自分でブレーキをかけてきた場所。




最大の遺体安置所となった場所で

無念の想いで眠っている人たちがいた場所で

そこへ訪れた家族たちが泣き崩れた場所で

ワタシは、楽しんでいいんだろうかって。




いいんだろうか・・・




いいんだろうか・・・




葛藤が続いていた所への

ミスチルツアーの申し込み。




ほんとに迷いました。




でもお友達の

娯楽かもしれないけど

音楽がひとつのきっかになって

そこから、進めるかもしれないから

思い切ってエントリーしてみたら?

的な言葉が(←覚えてないんかいっ。笑)

後押ししてくれて




そして、やっぱり

あそこでミスチルのライブに参加する

意味のようなものを強く感じて

エントリーし、無事に取れて参加できたということです。




実は、その後

ファンモンの解散が発表されて

彼らの歌や想いにも

ずっと支えられてきたので

最後に、お礼が言いたくてチケを取りました。




だから、グランディに足を運んだのは

ミスチルよりもファンモンが先になってしまった訳だけですが




最初で最後のライブになってしまったけど

行ってよかったって、心から思いました。




復興途中で、離脱?してしまうことを

とても申し訳ないと言っていて

何度も

頑張れ

頑張れ

って、言い続けて。




頑張れ

なんて、言われるのは苦手だったけど

こんなストレートな力強い応援の仕方も

全然あり!

って思えるほど、伝わってきて。

ほぼ、涙を流しながらの参加となりました。




桜井さんとは、全く違うんだけど

どちらの言葉も

すーっと心に入ってきます。




桜井さんは言いました。

『ずっと、ここに来たかった

ここでやりたかったんだ』

って。




震災がなければライブをするはずだった28日、29日。

勿論、中止になる。




そして、配信された『かぞえうた』




お友達に教えてもらった

ツイッタ―やブログで

この日、参加するはずだった方の中に

この場所で安置された方もいるって知って




ご家族や大切な人を亡くされた方々も

きっと、あの会場にいたんだろうなって

思うと、胸が苦しくなったけど




ここで聴けて良かったんだって

この場所じゃなきゃ、意味のないこともあるんだって思うと

思い切って参加できたことを幸せに思いました。




ライブ中、自分でも無意識のうち何度か天井を見上げることがあって

絶対、桜井さんの歌声は

天まで届いてるよね

って、ふと思いながら。




席がものすごく悪くて、周りに埋もれて

桜井さんを肉眼でもほぼ確認できないほどで

人がいる

位の認識しかできないほどだったんだけど




それでも、楽しかった。

最高に。




最高で、最強でした。




ただ一つ物足りなかったのは

やっぱり姐さん家族がいないことくらいかな。笑




いつも一緒だったからね。

独り立ちは、やっぱり寂しかった。




スパイスが足りない料理のよう。




だからこそ、一緒にいる時間の大切さがわかるんだよね。




寂しい昨日と手を繋いでいたら

大切なものもはっきり見えてくるんだな。




先の予定が全くなくて

心にぽっかり穴があいてしまっているから

早く、次の予定が出来ますように。




ライブ行くと、ほんと思う。

みんなに会いたいって。




痛感する。

大好きな人たちと

大好きな音楽を楽しむことが

最高に幸せなことだって。









ファンモンの




『幸せって探したって そんなに見つからないのに


ふとした瞬間に すぐ目の前にあって


気付けるか 気付けないか たったそれだけの事で


今よりもっと 幸せになれるんだよ』




って詩が大好きです。









この1ヶ月

体調を崩して、気持ちも体も

どうにもこうにもコントロールできなくて

凹むことばかりだったんだけど




今日も、大好きな歌を聴きながら

大好きな詩を思い浮かべながら過ごしたいと思います。




自分の中で踏み出せた1歩。

この1歩を大事にして

さらなる勇気に変えて

歩いてみようかな。


もう2年。




まだ2年。




あの時のワタシは

こんな2年後を想像していませんでした。




我慢の連続でしょう。




仕方ない。

まだ、、まし。




妥協して

耐えて

それぞれが

諦める生き方を身に付けて。




東北の人は

辛抱強い

我慢強い




そんな言葉で

片付けないで。




みんなおなじ人間だもの。

我慢には限界がある。




いつまで・・・。





いついつまでって

確実な期限があるならば

我慢もできる

待てる




先の見える不便なら

耐えることも出来る




でも

先は

まだ

かすんで見えない




そして

ワタシもまた

無力。




感謝の気持ちは忘れていない

あの時の事

思い出すと

苦しい気持ちと

嬉しい気持ちが

交差する。




でも

嬉しい気持ちの方が

勝ってる

確実に。




ありがとう。






あのころは

自分の中に

溢れ出す気持ちを吐き出して

書き続けてきたけれど




今は

ほんとの辛さも

苦労も知らない

ワタシなんかが

簡単に言えることではなくなってる気がしています。




言葉が見つかりません。

言葉になりません。




だから願うだけです。

願い続けます。





ちっちゃなちっちゃなことでも

何年も続けていたら

小さな形になってくれるかもしれない。




先は確実に長いから

見えない明日を考えて肩を落とすより

何年か先に

自分のしてきた小さなことが

もしかしたら

誰かの役に立ててるかもしれないと思って




そう、ちいさな希望を捨てずに

やれることをやり続けます。




生きます。

これからも




生きましょう。

この先も。




14時46分

黙祷・・・。






今日も息子を監視中の為、お仕事お休みです。




多分、大丈夫だとは思うんだけど

インフルエンザの薬の副作用?

一応、ここは11階。

何かあってからでは遅いので。




ひとつ屋根の下にはいますが

家庭内別居のようなもので

顔も見てません。

用事があればメールが来ます。笑




不思議生活です。








やることは、きっとあるんだろうけど←

ついついテレビを見てだらだらしてると

口が寂しくなって

おやつをつまんでばかりになるので

写真の整理をしました。




デジカメもビデオカメラも

殆ど日の目を見ることがなく眠ったまま。

写真も全く撮ってませんが




学校の行事の度に

写真屋が撮りまくって売りまくるシステムなので。




そして思い出の為に、

ついつい買ってしまう仕組みになっています。?




うちの写真屋はお金の匂いがプンプンで。




マンモス校だから仕方ありませんが

右から左へダーーーーーーっとずらしながら写すので




ベストショットでもなんでもなく

運の悪さなのか

娘は大抵、目をつぶってたり見切れてたり。




思い出には高すぎる1枚157円。

しかも、親心を逆手にとって

すぐ大判で売りたがる。

大判525円。




修学旅行の時は

部屋のベッドの上でパジャマ姿の525円まで買わされ←

驚きの5000円超( ̄□ ̄;)




どれも似たり寄ったりの写真が

山のよう。




整理し始めたけど

そう言えば、最近アルバムすら購入してない。




結局、一まとめにしただけで終了。f^_^;







その写真の山の中に

毎年1月1日に撮り続けている家族の集合写真もありました。




カメラが趣味のじーさんが

息子が生まれた時から

ずっと撮り続けてるものです。




20年近く前のじぶんにウケル。




若いのは若いけど

お化粧とか服装とか髪型とか?

ま~~時代を感じます。




いつから、じぶんの笑顔が消えたのか。笑

最初は、頑張ってた感が見えて

胸が熱くなります。

健気の一言。





じーさん、ばーさん、大ばーさん

旦那、ワタシ、息子の

6人から始まり




途中、娘が増え

そして、ブサイクな犬猿の仲の犬が増えました(笑)




ある年に、玄関で転んで

顔中あざだらけになった大ばーさん。




いくつになっても女は女で

『こんな顔で写真なんか撮りたくない』

と言い張って

そこから、なぜか一緒に写ることをやめてしまいましたが




耳こそ遠くなったものの

今でも宇宙人のように意味不明の

聞き取れない言葉を発しながらも

ボケることもなく元気に生きてます。




そして、じーさんの髪を見ただけでも

月日の長さを感じます(  ゚ ▽ ゚ ;)




ワタシが、じーさんを知った当初

1.5 と 8.5   でした。←なんのこっちゃ。笑




七三分けではなく

1.5 と 8.5。(^o^;)




それは、それは時間をかけて

毎朝セットして。




殺虫剤で虫をやっつける勢いで

頭にスプレーを強力噴射。




いつもワタシは、不憫に思っていました。




じーさんではなく

そのスプレーに負けて

赤くただれた頭皮を。゚(T^T)゚。




『そのスプレーが余計に毛根をダメにしてるんじゃないですか?』




なんて、言えません。




海原はるか師匠を見ると

あの時の、じーさんを思い出します。




息子が幼稚園の時

カメラが大好きなじーさんは

わざわざ泊まりながら息子の姿を撮影に来たことがあります。

二度ほど。




一度目は、とりあえずちゃんと撮れてました。




次の年、二度目は、全て他の子を撮っていました。




そして、何を思ったのか

いつもの行きつけの床屋さんじゃなく

伸びてきてるからと旦那の行きつけの床屋で

散髪することになりました。




さっぱりして帰ってくるかと思いきや

肩を落としてご帰宅。




やっぱり

1.5  8.5は

通い慣れた床屋さんじゃないと・・・。




必要以上に切られ

ハ○隠しの1.5  8.5が

全く機能しておらず




しかも、一日中外で日焼けもしていて

おでこの半分まであった前髪も・・・・?



じゃなくて

前髪のように作りこまれた横髪も切られ

前髪のように作りこまれた横髪で隠れていたおでこは真っ白で

おでこの下半分が日焼けで真っ赤で




見るも無残で。




孫を1枚も写せてないショックと

大事な大事な髪の毛を

こんなんされたショックで

口数も少なく

食欲もなく

肩を落として実家へ戻ったじーさん。




髪の毛のことは

デリケートなことなので

何も口にはしません。




そーっと遠くで見守るのみです。




たまに、ウケながら。←鬼(笑)








60すぎまで営業一筋で

スーツを着てびしっとして来た人なので

髪に妥協はしません。




定年後、働いてた郵便局。

ヘルメットを被るから

そこまでしなくても・・・思うけど

スプレーは健在です。




ある年は、黒の粉を振り撒いてました、地肌に。笑




まさか、テレビで見ていたあれを

こんな目の間で実践してもらえるとは。




でも、その黒い粉も長くは続きません。




なぜなら

ヘルメットを被って頭が蒸してくると

黒い汗が流れるからです。




年齢も年齢なんだから

もういいじゃないか

って、正直思うけど




そこは、譲れない

大事なことなんでしょう。




しょっちゅう、夫婦喧嘩もしてますが

もちろん、ばーさんが超!口が悪くて

しつこいから

耐えかねて、じーさんが怒る

ってパターンなんですけど。




ばーさんの口から出るのは

『生まれたてのひよこみたいな頭をして!』

とか

『ハ○ちらかしてるくせに!』

とか




・・・。




確かに

生まれたてのひよこです。

お風呂上がりは。




ちらかってもいます。




でも、デリケートなことなのに

遠慮もなく・・・。




言われたくない事を言って傷つけるのが得意すぎる。




本人は、ものすごいくせ毛の剛毛で

よく

『あ~じーさんに、この髪でカ○ラを作ってあげたいわ』

なんて言ってる。




ワタシは、20年弱だけど

じーさんは、もっと昔から

耐えてきたんだなって

仲間意識が湧いてきます。








そして、今年の写真ですが。




昨日書いた『カラオケ事件』が

ここでも顔を出します。




ワタシがお断りしたあと

ばーさんは、どうしても行きたかったみたいで

ワタシ以外にも声をかけました。




子供達は

『行かない』

と言い




旦那は

『行きたくない』

と言い




じーさんは

『行きませんっっっ!!!!!』

と言いました。笑





そしたら、すねちゃって。

『頭痛いから、もう何もできない』

って言い出して

居間で横になりました。




食欲ないと言いながら

朝ごはん、しっかり平らげて。




『写真撮るから、準備して』

って、じーさんがみんなに声をかけると





『私、今年は写りません!!!!!

具合悪いから』




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。こどもか・・・。




そして放置。




それぞれが準備して和室に行ったら( ̄□ ̄;)!!




具合悪くて写れないはずのばーさんが

しっかり着替えしてお化粧して

座布団に座っています。




駄々っ子か・・・全く。




色々ありながらも無事撮り終えて

ワタシ達は、ワタシの妹家族の家に行き

泊まって、次の日戻ると




もう、すでに引き伸ばしてプリントして

写真立てに入れて飾られてありました。




ところが

( ̄□ ̄;)

・・・・・・・・・・・・。





やっちまったか・・・。

目を完全につぶってしまって写るじぶんを見て

あらら・・・と思う。




こんな写真が飾られて1年間も人目にさらされるなんて。

あらら・・・。




なんて、思ってたら

『焼き増ししといたから、家に帰って飾って』

と、ばーさんに手渡される。




中には

2枚、引き伸ばされた写真が入っていて




1枚は、あの目をつぶってる写真




そして、もう1枚は




もう1枚は




目もしっかり開いて

ちゃんと写っとるやないかいっっっヽ( )`ε´( )ノ




これは、い○めでしょ。

嫌がらせでしょ。

挑戦状、叩きつけられたでしょ。

間違いなく。




娘も言いました

『これって、い○めだよね』

って。




ゴングは鳴りました。




鳴り響きました!




仕返しはしません。もちろん。

同じ人間になるので。




でもワタシは

元々負けず嫌いで

闘争本能丸出しなので




ちょっと頭を使いながら

かしこく橋を渡っていきたいと思います。




技を身に付けながら・・・。