1/17 阪神淡路大震災から19年ですね。
ワタシが、この時期に関西に足を運べてた事に
意味があるような気がしています。


不思議です。なんだか、とても。


17日の朝、目が覚めてなんか胸の辺りがざわざわして。
急に「そうだ、石巻に行こう」って浮かんで来て。


毎年お世話になってるパワーストーンのお店があって、今年のブレスを作りに行かなきゃとは思ってたんだけど。
ほんと、思い立ったら即行動。
バタバタと準備しながらTVから聞こえてくるニュースに手が止まる。
「阪神淡路大震災」


胸のざわつきは、これだったんだ。
そんな日に石巻に行こうって思えたのも
偶然なんかじゃないよね
って、ぼんやり想いながら。


高速を走りながら石巻に入ったとき
ふと、頭に浮かんだキーワード
「御礼」
そうだ、御礼言えてない。
ここまで来たんだから、少し足を延ばしてみたら?
って。


現実を目にするのは恐い。
TVでも見た。
新聞でも読んだ。
でも、行かなきゃ。


今年は凄くいい年になるよ、大丈夫。
軽く霊視のようなものも出来る作ってくれたお店の人が言ってくれた。
大丈夫、行こう。


ぽんこつナビにアバウトな住所を入力して
あとは、ワタシの記憶だけで向かいました。
北上川沿いにある「釣石神社」


大暴れした川も穏やかで水面がキラキラして眩しくて。
でも、何㌔も続く川沿いは見たこともないような
重機が立ち並び、有り得ないほどのダンプカー。
向こう岸もそう。
被害の大きさを物語っていました。


薄れた記憶の中にも、自分なりの目印があって
それを辿りながら、泣きながら。


ここにあったはずの建物がなくて
向こう側には、ある小学校が見えて
もー、それは、もう。


ナビにもワタシの記憶にもないところに
神社への方向を示す矢印があって
あれ?って思いながらもそれに従って進みました。


神社へ辿り着いて気付いたの。
自分の通ってた橋がなくなってた。
だから、迂回路だったんだ。


神社下には小さな集落があって
その中をちょろっと走って駐車場に停める。
のどかな住宅を抜けて
塀にはひなたぼっこして目を瞑って寝てるねこちゃんがいて。
そこを曲がると神社の階段が見えて
お守りや絵馬、おみくじ
鳥居の前には北上川沿いで取れる、アシという茅葺き屋根の材料で作られた多きな輪があって。
そこから左上を見上げたら
反りたった壁に多きな岩が飛び出している。
落ちそうで落ちない岩
受験の神様。


これが、3年前
息子の合格祈願で何度も訪れた光景。
今は、集落はない。
何一つない。
御守りを売るためのプレハブと簡易トイレだけ。
見渡す限り何もない
見晴らし良すぎるでしょ。


唖然として、ショックで
しばらく立ち尽くして、ぐるぐるその場で廻りながら受け止めるまで時間がかかりました。


信じられない気持ちで階段を上り、そこから見えた景色はまたワタシの知らない景色で。
目を逸らしてしまいました。
なんでだよ。


深呼吸。
お賽銭を入れて手を合わせる。
ほんとは、合格の報告に来たかった。
でも、それは叶わず、震災もあったから
3年も遠ざかってた。
でも、御礼はずっと言いたかった。
「今の学校に通えて幸せでした。
そっちの道に進ませてもらったこと
導いてくれたこと。
ありがとうございました」って。


やっと言えた、3年分のありがとう。


良かった。言えて。


これから受験を控えてるお友達の分は
勝手にお願いして祈願して。
祈る、合格も。
復興も、平和も、幸せも。


東日本大震災の被害に合った方の慰霊塔もあったので、手を合わせてきました。


なんて言葉を発していいのかわからなくなって。
宮城、がんばりますから
ゆっくり休んでください。
って、よくわからない言葉しか出なかったけど
通じてくれていると思いながら帰宅しました。


ワタシが、この日
あの場所へ足を運んだ意味は
偶然じゃなくて、やっぱりなんかある気がしてます。


頑張らなきゃ。
宣言したから。


穏やかに穏やかに過ごせる日が来ることも祈りながら。