震災から2年と5ヶ月。
3度目の夏が来ました。
今年は忙しくて仙台七夕には行けませんでしたが
中学生になった娘は
今年も折鶴を折って
それもまた飾られていたようです。
いつまで続けてくれるのかわからないけど
どんな形でも
感動してもらえたり、喜んでもらえたり
そんなお手伝いが出来ることは嬉しいなと思います。
このところ、ずっと落ち着いていた地震が
ここへきて、ちょこちょこ出始めてきて
嫌な予感はしていました。
4日、石巻で震度5
またか。
また、石巻。
悔しいです、ほんと。
娘と、ちょっと家から離れたショッピングセンターで買い物をしていて
鈍感なワタシは、すぐに気付かなかったんだけど
娘が
『地震!揺れてる!』
って言ったのを聞いて初めて
ほんとだ。
って。
いつも家で地震に遭遇しても
どこかで、ここにいたら大丈夫って
安心してる自分がいて
その時も、いつもの感覚で
地震には気付くものの
慌てることもなく、大丈夫。なんて馬鹿な思いでいたら
すごく揺れ出して。
家とは違うんだって気付いて
急いでお店から出て通路に移動したら
買い物客でいっぱい。
携帯で電話する人
ネットで調べる人
座り込んで抱き合ってる人
いっぱい溢れていて。
ワタシは、ドキドキが激しくなり
手が震えて、震えて
揺れる天井ばかり見ていました。
震災の時、よく行く近くのショッピングセンターで
ランドセルを引き取りに来ていた6歳の子が
落ちた天井の下敷きになって亡くなりました。
もし、天井が落ちてきたら
そればかり考えて
震えて。
お友達がLINEで心配してくれてたけど
どうにもこうにも手が震えて
まともに打てなくて。
お店側は、地震が起きたから
エレベーター等はストップさせると言ったきり
どこが震源地でとかいう情報は一切なく
不安になった人たちが一斉に携帯を使いだすも繋がらない。
LINEはそんなときでも使える利点がある
って、どこかで聞いたことがあって
それは、確実に証明され
なんか、そんな形でも繋がっていられる安心感?
孤独を感じなくていいんだって思うと
震えながらでも、心は落ちつけた気がします。
屋上に車を停めてしまった為
カートを置いて荷物を抱えながらひたすら階段を上りました。
そして、自分のしてることに腹が立って
反省をしました。
少し、良い環境に慣れてくると
平気で遠出して
平気で屋上に停めたりして。
少しの食料とちょっとした身の回り品を
いつも車に積んで警戒していたあの頃。
屋上に停めたら、万が一の時閉鎖されて
車に乗って帰ることが出来ないんだよ
って聞いて、平置きばかりに停めて
いざと言う時の為にいつも備えていたのに。
冷蔵庫はなるべく空にしないようにしようって
期限をチェックして、備蓄は切らさずにおこうって
警戒ばかりじゃ疲れるけど
備えて安心なのもよくわかってるはずだったのに。
無防備すぎた。
その後、渋滞が起きて
なかなか家にたどり着けなかったし
家族もバラバラだったので
連絡取れるまでちょっと時間がかかったけど
とりあえず大事に至らず
みんな無事でほっとしました。
中学になってから娘の行動範囲も広がって来て
ワタシと一緒じゃないことの方が増えてきたし
あの頃のままじゃなくて
連絡の取り方だとか
万が一の集合場所だとか
もう一度、見直さなきゃいけないなと。
8日、ワタシは野暮用←で娘と東京にいました。
地震が来て新幹線、止まらなきゃいいな
ちゃんと帰れるかな
って、行く前から心配していたら
嫌な予感は当たるものです。
緊急地震速報。
その音に気付いたのも娘。
『地震?鳴ってる!鳴ってるよ!』
って騒ぎだし、
『え?』何の事?
なんて思っていたら
周りであの心臓に悪い音があちこちで鳴り響く。
その時、メトロ日比谷駅の中にいたワタシは
もうだめだ・・・。
って、ほんとに思いました。
でも、もうだめだ
と思いながらも、とりあえず地上に出なきゃって
反射的に思って動き出そうとしたら
『奈良だって』
って声が、周りから聞こえてきて
そのうち、構内にアナウンスも流れ
その後の動きや詳しい情報が入り次第運行するので
運転は見合わせ中とのことで。
関西に住むお友達の事も気になりながら
充電無くなりかけのスマホにイラつき
近くにいた人たちが話すことに耳を傾けて情報を得て。
緊急が鳴るってことは、震度5以上はある訳だから
奈良にはお友達がいないけど
兵庫にも大阪にも和歌山にも京都にもいるし
みんなどうしてるかな
って考えながらいたら
『あれ、誤報だったんだってよ』って聞こえてきて。
うっそーーーーーー!!!
何、誤報流してんだよ!
いい加減にしろよ!
って、きっとワタシなら言うと思ったかな。
思いませんでした。
これっぽっちも。
誤報で、良かった~~。
何もなくて良かった~~。
これが本心です。
もう充分。
あんな想いは、しちゃいけない。
してほしくない。
もう、充分。
うちじゃなきゃいいや
なんて、想うはずがない。
同じ想いすればいいじゃん
なんて、想うはずある訳ない。
異常気象で、あちこちで
ゲリラ豪雨の被害も出て
津波もそうだけど
改めて水の恐さを思い知りました。
去年だって、
例え20年前だって
原爆のことだって
消えない事実。
消せない過去
思い出したくなくても
ついてくる現実。
どこで何が起きてもおかしくない現在だけど
その時、その時
辛い想いをした人
悲しい想いをした人が
沢山いることは、忘れちゃいけない事なんだと思います。
人の不幸は蜜の味で
自分には関係ないからって
想う人もいるでしょう
人間だもの。
でも、そうでない人もいっぱいいるって
ことも、わかってるから。
3度目の夏なのに
いまだに仮設住宅に住む人たちの多さ。
暑い、暑いなんて言ってちゃいけないね。
仮設はもっと暑いし、不便。
ワタシは、贅沢してるって思わされる。
ちょっと怖い目に合って気付かされた想い。
薄れてしまう、忘れてしまうことの恐ろしさ。
再認識する方法は、違う形にしてください。
もう誰も苦しんでほしくない。
心の備えと
思いやり
絶対、忘れずに。