1年3ヶ月。
時間は意地悪です。
薄れて行く記憶と
忘れちゃいけないって想い
あちこちの修理が進むと
ほんと、忘れてしまいそうになる。
自宅が酷い状況だったから
目にしたくなくても
目にしてしまっていたけど
これが、きれいになったら
元に戻ってしまったら
あの日のこと
いっぱい忘れてしまうんじゃないかな
遠い遠い
心のどこかにしまって
なかったことのように
してしまいそうな気がします。
震災後、防災ずきんを購入させられて
去年1年は学校に置いてあったのに
今は、娘の部屋に転がっています。
仮設の校舎にうつり
今は、校庭もありません。
大きな災害に見舞われた時
どこに子供達を移動させて
どこで引き渡しをされるのか
学校は、きっちりした答えをくれません。
毎年行われる引き渡し訓練も
にやにやした担任の顔を見て
苛立ちさえ覚えました。
もう少し
本気でやれよ。
言葉悪いけど
何のための訓練なんだ?
って、思ってしまう。
毎日毎日
緊張して
緊迫した生活をする必要なんてない。
でも、やるときは
やらなきゃ
真剣に。
幼稚園のお迎えと
何も変わらない
一応、訓練と言う名のものは
いらないよ。
津波被害の大きかった蒲生地区。
旦那の取引先の社長のお宅も
流されてしまいました。
でも、新築されて
旦那は週末に新築祝いに行ってきました。
蒲生。
と聞いただけで
被害の大きかったことがわかるので
なんか、嫌な予感。
案の定
会社に車を置いて
そこまで歩いて行く予定だったのに
雨が降ってるから面倒臭いと車で行き
飲んで、タクシーで帰ってきた。
『車、取りに行くから乗せてって』
と、言われ
お断りした。
無理・・・。
でも、行くしかないのはわかってる。
胸騒ぎがする中
しぶしぶ向かった。
大きな川。
ちょっと向こうに海が見えた。
海の手前は
勿論、何もない。
・・・・・。
間もなくして、目的地周辺に着く。
パッと見たら
一見、普通の住宅街。
でも、
でも、
人は住んでいないところが多く
ベニヤが打ち付けられていたり
シートでふさがれていたり
基礎だけの所
外構だけの所
そして、沢山の更地
まだまだ
こんな手つかずの状態な現実。
なるべく
遠ざかるように生活してきたワタシには
かなり動揺する光景でした。
尋常じゃない汗をかき
訳のわからない鼓動に吐き気。
現実に目をつぶって
逃げて生活していた。
薄れて行く記憶が
また元に戻ってきて
ほんとに恐ろしくなる。
忘れちゃいけないって
言われてるかのようだった。
元気になれる所から
なればいいんだ。
そう思っていたけど
元気になった場所と
なってない場所の差が大きすぎる。
手放しで喜んでなんか
いられない。
長い長いトンネル
今は、どの辺なのかな。
今日は
備蓄しているお水や非常食の
賞味期限を確認して
整理しなきゃ
自分の中だけでもいいから
毎月11日は防災の日にしてみよう。
色々、見直して
そして、想って
感謝して。
14時46分
黙祷・・・。