一日、一日が、ほんとうに早くて。
空だけを見ていたら
あの日の事は全て無かった事のようにさえ思えてしまう。
マンションの修理は、いまだに何も進んでいません。
管理組合や、理事会での話し合いすらありません。
詳しい説明もないまま、ずるずる7ヶ月。
うちの玄関脇にも亀裂があったことに気付いた日
ただただ震えました。
危険と隣り合わせなのに
不便と感じていた事が長く続くと
それは不思議と不便ではなくなり
当たり前のように感じる
慣れ。ってこわい
中止になった娘の春の運動会も
今月、学年ごとにやってもらえることになったり
田植えした稲を、無事に刈り取り
来月には収穫祭が出来る事になったり
今年は無理だね。
そう思って諦めていた事が出来ること。
喜びは何倍にもかわる
毎年、同じ事を繰り返してるだけなのに
変わらず、その年の思い出に加わる事
この当たり前のようにやってきた事が
今年ほど、有難く感じる年はないだろうな。
9日の新聞を夜に読んでいた
目の前が真っ暗になった。
号泣してしまった。
うなだれてしまった。
両親を津波で失った、福島の少年の話し・・・。
兵庫の親類宅に引き取られたが
部屋に閉じこもり、自傷行為を始めた。
『福島に帰りたい』
そう訴えた少年は、福島の親類宅に移る。
が・・・。
その直後、両親の遺骨を抱いて
海に身を投げた。
命があることが一番だけど
命があるから、必ず幸せだとは限らない
もしかしたら、この先
楽しい事もいっぱいあっただろうけど
今を乗り越えるのは、簡単なことじゃないんだよね。
まして、子供。
誰かの手を借りなければ生きていけない・・・まだ子供。
苦しんだよね。
辛かったよね。
一人ぼっちは、寂しかったよね・・・。
報道されてる事は、ほんとにごく一部。
こうして震災後に絶たれた命は報道されることが少ない
被害者は、発表されている数字だけじゃなくて
それ以上、想像以上なんだよ。
『離れてても家族』
いい言葉だと思った。
でも
それは
生きていてこその言葉
私には、父も妹も祖母もいたから
後を追うなんて、一度も考えた事がなかった。
でも、ひとりぼっちになっていたら
親類宅に預けられたら
そう思えたかな。
そこを乗り越えられる根性が
私にはあったのかな。
ない・・・そんな気がしてる。
毎朝、息子のお弁当を作りながら思い出す。
小学5年生から、自分で作っていた
質素で美味しくないお弁当を・・・。
お料理なんてした事がなくて
何一つ作れなかった。
ボロボロの卵焼きと
こげこげのウインナーとご飯のみ
いつもこの組み合わせ。
お友達のが羨ましくて
自分のものが恥ずかしくて
いつも隠して食べていた。
お腹いっぱいじゃないのに
恥ずかしくて、早く蓋をしたくて、残して・・・。
ヒソヒソ、笑ってる子がいたのも知ってる
ヒソヒソ、噂話をする大人がいたのも知ってる
母のほんとの病気を知らずにいた私に
『あんたのお母さんて、もう死ぬんでしょ?』
って、聞いてきた子もいる
そんな会話を、他人はしてるんだ
人の不幸を笑いながら
人の不幸は、蜜の味なんだもんね・・・。
悔しい
今は、恩着せがましく聞こえてしまってるのかもしれないけど
子供達には
当たり前の事なんて、何一つないんだと
常に言っている
感謝の気持ちを忘れない事
決して1人で大きくなってないこと
親のおかげだと思え!って事ではない
人を思いやる気持ち
困った人を助けてあげられる優しさ、勇気
親がいつまでも一緒にいられるものではないと言う事。
明日が必ず来るとは限らない事。
酷かもしれないけど・・・
後悔しない一日を生きて欲しい
ただそれだけ。
私と同じ、思いだけはさせたくない。
ただ、それだけ。
昨日、Nコンを見ていて
涙がボロボロこぼれて止まらなかった。
金賞の郡山二中。
よくがんばったね。
あの環境の中。
風評被害もハンパじゃない中。
夏に訪れた時
街並みは変わらないのに
誰一人、歩いていないあの街を見て悲しかった。
公園にも、プールにも
子供達の楽しそうな姿はない、声はない。
私の友達は、パニック障害を発症してしまった。
福島って、書いてあるだけで避けられたり、暴言を吐かれたり
ここにいたって、そうだから。
産地を気にして買い物する人が物凄く増えたのも原発の影響。
買いたくないのなら、手に取らなきゃいいだけ
そこは、自由だから
でもそこで、福島に対する暴言を吐きながら
買い物するのは、必要なことなのかな。
聞きたくない。
嫌なら、食べなければいいし
近寄らなければいい
それは、ほんとに個人の自由だから
誰にも責められない。
だけど、不安を煽るようなことを言ったり
そう思ってない人まで巻き込んだり、不快にさせたり・・・。
黙って、他の産地のものを買えば済むんじゃないの?
言葉の暴力は、大きな深い傷をずーっと残すんだから。
宮城の新米を頂いた。
とってもモチモチして美味しかった。
お友達に、おすそ分けしたい。
いつもなら、小分けにして何人かにすぐ配ってるはず。
でも今の私は、それを躊躇している。
なんだかんだ言っても、自分がカワイイんだ・・・。
傷つきたくない。
小学校では毎年5年生がおコメを作る。
秋に収穫して、芋煮をして収穫を祝う収穫祭
そのとき、とれたおコメも食べ
残ったおコメは、希望する保護者に販売する。
その買ったおコメをお友達からいただいて
我が家まで、毎年5年生が作ったおコメを食べていた。
今年、娘達が作ったおコメ
今度は、お返しに・・・そう思っていたのに
『おコメ、いらないからね』
と、先に言われてしまう。
仕方のないことだけど、悲しかった。
でも、私は買うよ。
ひと月も遅れて田植えしたのに
しっかり収穫できたんだから。
何度も、観察に出かけたり
案山子を手作りして大事に見守って、育ててきたおコメだもの。
感謝して有難く頂きたい。
子供達の事も、ちゃんと褒めてあげたいから。
そんな人ばかりではないけれど
受け取ってもらえなかったら
それは仕方ないと頭で納得させていても
悲しいので
それなら、おすそ分けをせずに我が家で消費するべき
ただ、食べて欲しいという気持ちだけなのに
相手にしたら不快になることもゼロではない。
難しいね・・・。
震災後も、今も変わらず
私の出来てる事、やれてることは小さいけど
代金の一部がとか、○円がとか
書かれてある商品は優先的に購入し
出来るだけ地元のものを選んで買っている。
いいもの、いっぱいあるんだよ。
美味しいものも、いっぱいあるの。
勝手に送りつけてしまって
もしかしたら、迷惑に思う人もいるかもしれない。
これは、ほんとうに自己満足だから。
でも使ってくれたり、食べてくれる人がいてくれるなら
そんなうれしい事はない!
だけど、もし・・・その逆でもいい。
私が購入した事で、地元に還元されてるのなら
それでもいい。
立ち上がって、這い上がって
進み始めた漁師さんや、農家の人たち
がれきを運んだり、片づけを手伝ったりは出来ないけど
これなら出来る。
お友達から届くお手紙に
何気に寄付金付きの切手が貼られているだけで
心が温かくなる。
嬉しくて、たまらなくなる。
続けていかなきゃいけないことは、たくさんある。
やれるところまで
悔いの残らないように
自分のやれるところまで
これからも、この先も、ずっと・・・。
まだまだこれから。
温かい支援のいろんな形が
ここから先も繋がっていきますように。
何も出来ない・・・。
そう思ってることが、気持ちが
実は、大きな大きな優しい思いやりの支援だったりしませんか?
私は、ずっとこの7ヶ月。
そんな優しさの支援に包まれてきました。
思いやる気持ちが、支援の第一歩。
今日も、そんな優しさに包まれて生きていられるのです。
見えないどこかで、見えない誰かも、絶対支えてくれている
1人じゃないから
生きることをやめないで
ちょっとだけ、ちょっとだけ
踏ん張ってみよう
希望だけは、なくさないで
14時46分
黙祷・・・。