昨日、娘の歯医者で本を読んで待っていた
表紙に『東北を旅する』と、書かれていた
ページを開いて。やっぱり思うのは
寂しいな・・・ってこと
この景色って、もうどこにもないんだなぁ
って思ったら、ホント寂しい
松島は、沢山の島々が街を守ってくれた
被害がない訳ではない
でも街に人が戻るのも早かった
だけど石巻は・・・。
私は縁あって、2月に3度も訪れている
と、言うのも合格祈願の為だったんだけど
こればかりは祈るばかりでは、どうにもならないことだった・・・。
あの時、見た北上川
朝日に照らされて、キラキラ輝いていた
音風景100選のヨシ原も幻想的だった
でもあの地震で、河口から50キロ地点まで大津波がさかのぼる
自分の目で見ていた場所が
今は、もうあの時の姿ではない
旅行誌なんかで取り上げられていた場所はもうない
雑誌も地図も、使えない
やりきれない想いで本を閉じてしまった
石巻を舞台にした映画、『エクレール お菓子放浪記』
震災で延期されていたけど、来月末から上映される事になったらしい
ポスターにも写っている船頭さんも犠牲になった
エキストラとして出演していた市民の多くも被災し
亡くなられた方、まだ行方不明の方もいる
私には、まだ観る勇気がない
辛く悲しい想いだけが溢れてくるんじゃないか
どうしてもそう思ってしまう
でも、こうも思う
あの時見た、北上川もヨシ原も映像には残っている
きれいなまま、残されている
もうあの時の姿はどこにもないけど
きれいだった街を忘れずにいられる
時間がかかるかもしれないけど
いつか、必ず・・・そう思っている
『星守る犬』もそう
いわきのきれいな海岸が残っている
東松島市も同じ
今、どうなってるのか全くわからないけど・・・。
私の大好きな『重力ピエロ』もそう
多賀城のボーリング場
七ヶ浜の海岸
松島町役場
でも記憶の中にずっと残っている
映画を通して、また会える
今は変わり果てた姿になってしまったのかもしれないけど
必ず元に戻れる
元より、素晴らしい街にきっとなれる
そう、自分も強い気持ちを持っていたい
まだまだ、東北に旅行に行こう!って人は少ないと思う
多少なりとも、覚悟がいることなんだと思う
沿岸等から避難してきた転入生も多い
でも、転校して行く子も多い
そんな中、娘のクラスに名古屋から男の子が転入してきた
転勤だとは聞いているけど、勇気がいっただろうなって思う
それを見送るおじいちゃんにおばあちゃん、お友達
なんで今、仙台なの?って絶対思うだろう
不安で仕方なかっただろうな
東北から撤退したり、異動させたりする企業もある中で
何の不自由もなく暮らせていた名古屋から、こんな所へ・・・。
なんだか、その子が不憫でならない。
大震災で、忘れかけていたけど
岩手・宮城内陸地震から昨日で3年だった
いまだに行方不明の方もいる
仙台へ越して来て7月で丸4年
その中で2度も大きな地震にあう・・・。
なんなんだ・・・。
自分達の街を取り戻そうと、必死に頑張ってる人達
人前では笑顔でいる
だけど1人になれば泣いてるんだよ
そう言っていた男性がいた
元気なフリ
が、いつかほんとの元気に変わる時がくる
心から笑えなくても
笑うことをやめちゃいけないんだと思った
笑っていたら
気付かないうちに元気になってることもある
のかも、しれないから
AKBのメンバーが被災地へ訪れた時
警察官も集まってきて
『警備ですか?』みたいに、カメラを向けられていた。
『いや・・・これは』と、正直に答えていたのが可笑しかった。笑
警察官だって、自衛隊員だって人間だもの
毎日毎日、大変な仕事してるんだから
癒される時間は必要だよ
どんどん、見に行っちゃえー!!!
と、私は思う
ちょっとの時間でも、楽しかったり笑顔になれたりするだけで
よし、また明日から頑張ろう!って思えることって、きっとある
被災された方を激励に訪れる芸能人は何人もいる
でも早々と自衛隊員を激励に訪れた
長渕剛は、格好良かった!
去年の自衛隊祭り
あちこちにいる自衛隊員を見かけるたびに
どうした事か、憧れ?の眼差しを向けていた事に気付く。笑
『自衛官募集』の張り紙を見て
『まだ、わたし・・・イケますか?』
と無謀にも聞いてみた
『年齢的に・・・ちょっと・・・』と自衛隊員さん、苦笑い
『ですよねぇ~
』と、わたし
当然。
今、思えばかなり馬鹿なことをしてるけど
あの時の気持ちがあるなら
まだ私にもやれることがあるのだと思う
それは、簡単には見つけ出せないのかもしれないけど
何にでも必ず出会いはあるんだから
今を無駄とは思わずに歩き続けようと思う
私には、何も褒められるところはないけど
いつの日か、自分を褒めてあげられるような生き方をしたい
そうできるように、怠けないで歩き続けたい