会津で買った
柏屋の檸檬と
三万石のままどおる
実は仙台でも買える
でも福島で買うから意味があると勝手に思う
美味しかったぁ
このお菓子を食べると3歳だった息子のことを思い出す
ままどおるのCM
福島では当たり前だけど、よく流れていて耳に残る
「まま、まま、ままどおる~
ミルクたっぷり、ままの味~
まま、まま、ままどおる~」
いつもなぜか、柏屋の店員さんの前で歌いだす
もちろん、意味はない・・・と思う(笑)
すみませ~んと、苦笑いして立ち去ることが多々あった
息子は覚えてないらしい
いい思い出
明日は我が身
いつも口にしてるし、思っていること
原発から仙台までは100キロないらしい
会津もほぼ同じ距離なんだとか
隣の県で起こってることだけど
他人事では決してない
梅雨になって風向きが変わると
今度はこっち方面に流れてくると言われている
沖縄が梅雨入りしたと聞いて
とうとう・・・・・そんな不安もある
水は数量限定で売られている
買える分だけ少しずつ買い溜めしてると聞く
親の私たちはいい
でもやっぱり子供を守らなきゃいけない
未来に繋げなきゃいけない
みんな、必死
娘もいるから、余計に不安
『私が将来結婚した時、被爆して子供が産めなくなったら
補償してくれるんですか』
飯館村の15歳の女の子の悲痛な叫び
とてもとても重い言葉だった・・・。
私は、白血病で母を亡くしている
生命保険に加入する時に言われた言葉
『普通の人よりは、発病する確立が高い』
必ずしもそうではないこともわかっている
でも何もない人たちに比べたら
リスクはあるんだろう・・・そう思って今もいる
今の時代なら、もしかしたら助けてあげられてたのかもしれない
でもあの時代は・・・。
余命3ヶ月の宣告
でも母は必死で1年1ヶ月生きた
父は自分が看病すると言い張った
収入はなくなった
新薬が出ると、使った
もしかしたら・・・もしかしたら・・・
そんな気持ちで
結果、借金だけが残ってしまった
でもきっと、母は幸せだったに違いない
絶対、幸せだったはず
そう思う
看護婦さんに言われた言葉が今でも心に残る
『お母さんは、とっても幸せな人だよ
現実は、見捨てられて寄り付かなくなる旦那さんが多いの
こんなに一生懸命看てくれてるんだから』
小さいときはわからなかったけど
やっぱりそこには『愛』があったのだと思う
キレイごとだけど
基本、面会謝絶
亡くなるまで一度も母は
廊下に出ることすらできなかった
母に会うときはいつも
白衣を着て帽子をかぶって
マスクをして手を洗って・・・。
それでも
『背が伸びたんじゃない?』とか
『1人で上手に髪、結べてるよ』とか
言われるのが、とっても嬉しくて
また褒めて欲しくて
いっぱい頑張って・・・。
母も頑張って・・・。
母が一度だけ外泊許可をもらえることになった
それが、どんなことを意味するのか・・・
母も勿論知っている
父が病気のことをもっと知ろうと読んでた本を
トイレに置き忘れ、見つかった
自分の病名がただの貧血じゃないことを知る
『家に帰って、子供達を殺して自分も死ぬ』
母は半狂乱になって、そう言ってる
どうする?
外泊、許可してもらうか?
そう父に相談された小学生のわたし
母の想いを受け止められなくて
恐くて恐くて仕方なくて・・・。
『連れてこないで』
って言ってしまった・・・。
最初で最後の外泊を出来なくしてしまった
今でも後悔している
親になってからわかる、親の想い
病室のあった5階
駐車場に車を止めて
クラクションを鳴らすのが日課
元気なら、窓の所から手を振ってくれる
体調が悪ければ、その姿は見えない
いつも恐々、下から5階の窓を眺めていたのを思い出す
母が亡くなってから父が教えてくれた
『いつもお母ちゃんと話してたんだよ・・・。
もし、お前達がいなかったら
いつでも2人でここから飛び降りて死ねるのにって・・・。』
母への愛情はいっぱいあっただろう
でも私達への愛情もいっぱいだったんだ
生きててくれて、ありがとう
そんな気持ちでいっぱいいっぱい父に感謝した
今、思えばそれは息子を妊娠してのつわり
調子が悪くてご飯が食べれない日が続いた
結婚してすぐに有無を言わさず同居させられてた私
そんな私に義母は言ったんだ
『お前も、親と一緒で白血病なんだ!
さっさと病院行って、検査してもらって来い!!!』
血の気が引いた
立ってるのがやっとだった
具合が悪いからではない
その言葉の暴力に耐えられなかった・・・。
泣きながら車を運転して病院に向かった
涙が止まらなくて、胸が苦しくて
腹立たしくて、悲しくて
『おめでたですよ』
内科でそう言われた
え?
理解するまで、時間がかかる
嬉しい気持ちはもちろんある
でも義母への怒りがこみ上げてきて
そんな気持ちを抑えるのに必死だった
だから私は許せない
大人気ないと思う人もいるだろう
昔の事だと言う人もいるだろう
自分1人が『おばあちゃん』と
誇らしげな、あの顔が思い出されて
また怒りがこみ上げる
子供が本当に大好きで大好きで
近所の赤ちゃんも産湯に浸からせてあげてた母
孫を抱かせてあげたかったな
心から思う
だからこそ、しっかり育ててあげたい
そう思う
生きるって、ほんとに大変なこと
子供を守るのも、命がけ
でもやっぱり子供は守りたい
子供達に未来ある国であって欲しい
補償って、今だけじゃないってこと
金を払えば済むことじゃないこと
わかってるの?
そのうち宮城ナンバーも
敬遠される日が来るかもしれない
うつる、うつると
ばい菌扱いされる日が来るのかもしれない
子供達も外で遊べず
洗濯も布団も干せず
外を出歩く事も儘ならない日が来るかもしれない
自分はどうしたいか
どうしたら子供を守れるのか
よく考えなきゃ
他人事じゃない
自分たちのこと
私が親から繋いで貰った命
今、こうして友達から繋いで貰った命
子供の命も未来へ繋いであげなきゃ
やっぱり最後に守れるのは
『親』
そう思うから