初めは書くつもりはありませんでした。

飽き易いし・・・・・ハンパなく。

でも毎日毎日色々思う中で

忘れちゃいけない。覚えておかなくちゃいけない。

そんな気持ちが強くなりました。

毎日毎日溢れ出てくる感情をコントロール出来なくなりました。


だから自分が思うことを思うままに書いてます。

自分勝手に書いてます。

役に立つ情報もありません。

誰の為にもなってないと思います。

自分が忘れたくないから、自分の為だけに書いてる事だから

きっと批判も、否定も、非難もあるかと思います。

ごめんなさい。


でもその中でも、こんな記事を読んでくれてる人がいるのを知って

正直、恐縮してます。

ダラダラ愚痴ったり、弱音吐いたり、上がったり、下がったり

自分で書いてても訳わかんない。

それでもぺタしてくれたり、なうにコメント残してくれたり

メッセージを送ってくれたり

温かい人がこんなにも沢山いるんだととても嬉しく思います。

ありがとうございます。

今日も勇気と元気をいっぱい注入してもらいました。



これから小学校に行ってきます。

中学を卒業した息子が使ってたランドセルと新品のえんぴつを持って。

津波被害にあわれた小学生に使って貰うためです。


子供達が言いました

『いいの?ほんとに。寄付していいの?』って


息子のランドセル

生前、私の父が買ってくれた物です。

父から孫への最後の大きな贈り物でした。

私は捨てられずにいました。

家は狭い。場所も取る。

でもどうしても処分できなかった。

とても大事にしてるのを子供達は見てたから、知ってたから

その言葉が出たのだと思います。


亡くなって何年もたつのに

まだ私の携帯には父の番号が残っています。

今はもう誰かの番号なんだとわかってても消せずにいます。

前に進んでるつもりでも、実際は進めてないのかもしれません。

でも小学生で母を亡くしてから、ずっと側にいてくれたのは父。

とっても恐い父だったけど

とってもひょうきんで、見栄っ張りで、でもとっても温かくて。


小さくても年取ってても、親を亡くすって寂しいものです。

亡くしてから気付く事が多すぎます。

親の心配を出来る事が、実は幸せな事なんだって

亡くしてから気付くのです。

そこにいてくれるだけで、大きな力なのです。


親はなくとも子は育つ・・・とは言うけれど

体は育っても心にはいっぱい抱えています。

親をとっても必要としています。


津波でランドセルが流されただけでなく

親を失ってしまった子が沢山います。

今一番欲しいものは、食べ物でも家でもなく

親なはずです。

私の力は微力すぎて目に見えないかもしれないけど

気持ちは痛いほどわかる。

何かしてあげたい

何かしなくちゃ



私にとっては大事なランドセル。

でも今なら役に立つ。

これを背負って元気に笑って学校に通って欲しい

どんな子が使ってくれるのかわからないけど

そんな姿を想像すると、私でも何かの役に立てるって胸が熱くなる。


きっと父も使って欲しいと思ってる。喜んでくれるはず。


最後にきれいに拭いて紙袋に入れた。

感謝の気持ちを込めて

そして

これから新しい場所が決まったら

その子の役に立つんだよって。

頑張って仕事しておいでって。

そんな思いを込めて