今日も仕事は順調だった、
帰って、チラッと (ちかりたなぁ・・) だなんて独り言を言いながらTVをつけてボヤッと見てるうちに、ちょっとしたことを考え始まってるようなんだよね、俺、
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(
世間には、そして相談で出会う人たちの中にも、「仕事」 ってのが毎日かなりの挑戦の場所に成り続けてしまっていて、
心がストレスで飽和状態、そしてそれをどう、次の日までに昇華し尽くそうかと四苦八苦、そういう日々の積み重ねになってしまっている様、とか
そういうのと比べると今の俺のなんと、情けなくも幸せなことよ、と、
給料がものすご~~~く少ないっていう点を除けば、決まった収入が 「こんなにも楽に」 得られ続けるこの年月にあって、
ほかの人たちに妬まれたり、恨まれたり、そういうことすら、あっても然るべきな状況じゃないだろうか、
)
みたいな、?
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ただ。。
今、この仕事を20年続けてきてしまったその 「今」 に於いては、やっとそういう 「楽」 っていうものを獲得することが出来てるわけだけど、
それまでの道のりは、言葉がちょっと大げさながらもな 「地獄」 みたいな日々ってのは、かなり長かったんだよね、
と、思い起こしたり、
詳しくは伏せてだけども、俺の家がゴミ屋敷となってしまった素因の1つにも、確かにその、「地獄の日々」 が関わっていたことは明らかでさ、
つまりは、仕事中に受けるストレスが、あまりにも多過ぎていたせいで、家に帰ると、「何もしたくない!!」、、、些細な家事でさえ、気力が微塵とも湧いてこない、
そして酒量もすごいことになってたのだって、やっぱり、そういう仕事の日々が関係してるってのも、そうだったしさ、
あとは、荒い連中が多い場所に、ただの 「青いもやし」、が出向いてたってのは、虎穴にモルモットが一匹だけで入っていくような様、でもあったわけで、殴られる蹴られるもしょっちゅうだったし、
「邪魔だ!おら!」 とか、「おせえ~~んだよ!!」 とか
、「これっくれぇ~で疲れてんじゃね~~よ!!」 とか、ほんと色々だ、
右目を網膜剥離になって失明となったのも、やっぱり上記が 「原因」 の1つに確かに、なってた、
さらに、右目だけじゃなくて、数年後には今度は左目の網膜も剥がれ始まってしまってね、
その際限りは、こればかりは、ほうっておくと完全に失明になるからと、手術入院で治してもらえたのでよかったけども、
そやって休んであと、勤務に戻ってからのイヤミやなんや、これも、ものすごかったんだから、、
こっちは、完全失明っていう、「人生の大ピンチ」 で喘いだわけなのを、相手はまるで、仮病で休んでたが如くな受け止め方しか、してなかったし、
「人間」 とはとても思えないような連中が確かに、「ここ」 にも居るんだ、ってのは、20年間のうちに、何度も何度も味わってきた、
(最近はそういう猛者ってのは、建築現場にもほんと、物凄い少なくなったけどさ、)
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でも、それをず~~~~っと、耐えてきたっていうか、受け流してきたっていうか、そういう過程のうちに、俺は物凄い強くなっちゃったわけだよ、精神力が特にね、
手足をつかう喧嘩とかだって、学生なころはほんと模範生オンリーだったから、グーで人のほっぺたにパンチ、だなんてことも一度もしたことがなかったから、ビビリまくりだったのを、
何度もそういう場面に向き合わされてるうちに、気が付くと、こっちも仕方なくだけど、やれるようになっちゃってたりさ、
そして、精神力の図太さに関しても半端ないくらいに整っちゃってて、
ほんとはいけないことなんだけど、相手が何か悪さして、こっちがもし、正義を土台にした上での立腹を持ってしまおうものなら、
実際にしたことは無いけど、その場の雰囲気構わずに、そいつの背後から背中を足で突き飛ばしてしまお~か!!、と、
このくらいの 「覇気」 でキッと相手を睨んじゃったりしてね、そうすると相手が今度はビビリはじまったり、
「人は心」 だからね、そういう覇気ってのは、「伝わる」 んだ、
あとは、そういう 「バカ」 ってのは、こっちがそうやって、「凄むことが出来る人間」 であることを知ると、たちまち態度をガラッと変えてくるんだよ、
ほ~~んと、「たちまち」 だからね、
その変化のザマの、ま~~~、愚かしいこと、この上ない、浅ましさだ。
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で、こういう 「修練の期間」 の最中で、一番大事になることは
、
「見つめておくべき箇所を、決して見失わないようにすること」 だ、
ほら、もし俺が、そういう、荒っぽい扱いばかりを受けてる期間中に、
「相手よりも、意地悪になってやれ。。。!」 とか、
「腹いせに、法律ギリギリのことをしてしまおう。。!」、とか、
そういう 「間違った場所」 を見つめてしまったり、
あるいは、
「俺ってこうやって、ダメばかりな男なんだ、、、」 と、
自身を責めるだけになったり、とか、
、
「人って怖い・・・、もう接したくない、逃げ切りたい・・」 と、
意地や意気地をすっかり放棄して、己への喝を投げ出したりとか、
さらにあるいは、
「ストレス発散だ!、買おう!、賭けよう!、食べまくろう!」 と、
自身を堕落させる方向を、それらの 「解消」 としての勘違いを、誤って心に据えてしまう、とか、
これらの間違いを、
俺も、「一切しなかった」 って程まで全然強くも、もちろん無かったけど、
『 正義感 』 なんだよ、言葉で言うとね、
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人ってのは、誰しも弱いものなんだから、外部から何かの間違った姿勢を突きつけられる際に、自分もその弱さに任せて、場に流されてしまうと、
「仕返し!」 とか、「逃げ!」 とか、「ごまかし!」 とか、
そういう間違った方向に向かい勝ちになってしまう自分の弱い心
そういう自分を、「正義!」 を志してしっかりと
『 護る 』
うん、正義感を持って、自身を 「叩く」 では、ないんだよね、
自身を 「護る」 のさ、
***
周囲が間違ったイジメやパワハラをしてくる際では、俺もそうだったんだけど、
(
俺はまだまだ出来損ないながらも、でも、「最善以上」 で今、頑張っている、
俺の分として、これ以上の良きは、有り得ない!
彼らのほうが、やり方が 「出過ぎて」 るのであって、人として間違ってるのは、俺のほうではない、相手の方だ!
)
っていう正義感で、自分を護る、あ、護ってきたんだ、って思うんだ、
***
そして、
腹が立つ時でも、流れに乗ってうっかり 「仕返し」 なんかが頭に浮かぶとしても、
(
その作戦、「人として」 どうなんだい?
じっくり、ガッチリ我慢!を徹して、それこそが 「誠」 ではないのか?
)
と、暴れそうになる己に、優しくも強く、問いかける、
***
さらに、
酒や賭け事など、別なことで自分を堕落させることで、安易にごまかしを図ろうとする際にも、
(
疲れてるのは、確かにすごいわかるし、認めるよ、
ただ、その方法って、それで 「解決」 に向かう基盤を、「ほんとうに」 整えることが出来るのかい??
今はむしろ、歯を食いしばって歯ぎしりしながら我慢して、心を圧縮させるその強さを育てる素敵なチャンス、
逆境を上手な活かし方で、周囲にアッと言わせてやろうじゃないか!
)
と、自分には、「己という名の、一番頼りになる味方が居るんだよ」 を、しっかりと悟らせる、
正義、、
こんなあれこれで、こやって自分を 「護って」 きたんだ、と思う、
***
それから、これもほんと、物凄い大事なことなんだけど、
そうやって、己に正義を貫かせるべく、それに徹させたそのあとは、
『 必ず、自分を褒めること 』
これ、手抜きしちゃったら、自身は 「疲れるだけ」 になっちゃうんだよね、
なので、 「必ず!」 すること、だ
***
あれっと、また時間が押してきてる、
えとね、
俺がなぜ、20年を耐えてこれたのか、 それは上記の 「正義感」 もなんだけど、
理由はもっと複数なんだよ、ほかにもいくつか、あるんだ、
それ全部、機会あるごとに1つ1つ話して行きたいな、って
「今は」 思ってるんだけど、ほら、
忘れっぽいからね、俺は、、、、、www
まったく、ww ><
ただ、
ピグで相談室をやるときなんかにも、上記の経験だったり、その過程で考えて見つけてきたことだったり、
それらが 「全部」 反映されてでの、俺の返答、でもあるわけだ、
どの返事にも必ず、含まれているんだよ、自分の経験がね、
「強い人間になりたい!」
そう志す人に、機会があれば、いくらでも俺のなりの、を、話して行きたいと思います、
所詮の 「たかが、あどん」、自分なりの、しょぼい、ちっぽけな、あとは、雑な半端な、経験や教訓ばかり、だけどね、
***
ただ、いつも言うんだけど、
多くを知ってる人ってのは、必ず 「謙遜」 も心得ているから、
自分からは、あれやこれやを喋らずに、寡黙であることが、ほとんどなんだ、
なので大事なのは、「自分から尋ねること」
生きてて周囲で、「お!?、この人は・・・!?」 と思えた人が居たならば、自分からどんどん質問をしていって、
その人を 「掘る」 と良いんだよ、
若い方々、そして年長者な我々も、もちろんだけども、
頑張れ~!、そして、頑張りましょう~!、
もちろんお前もだ、あどん!
「へイッ、かしこまりました!」
うぅっ><m、この返事、なんかすごい頼りない。。。w
では、ここまでご覧頂き、ありがとうございました、
寝ないとだ~~、
m(_ _ )m
