明日からまた一週間、始まるね、
土日の2日間は、いい感じで休めてたかなって思うよ、
ウツは相変わらずだったけど、家のこともあれこれ出来たし、今週の仕事のための下準備もガッチリ出来たし、
***** ゴミ屋敷
もう 「ゴミ屋敷」 とは呼べない感じになってきてる、おらが家、なんだけど、
そうそう、「ゴミ屋敷」 から、「ボロ屋」 にランクアップしたのかもだ、呼称がねw
今回は、ゴミ箱、ならぬ 「ゴミ部屋」 となってた部屋、床から天井まで、ぜ~~んぶの空間が、ゴミでギッチリ埋め尽くされてた部屋、の片付けをまた、進めたんだけど、
ビフォーアフターってことで、取り掛かる前の 「写真」 をとっておけばよかったな~、とかも思ったりしてるんだよね、
部屋の空間は3分の1くらいは片付いた状態になった、
まだまだ改善とは遠いかもな、序の口かもな時点ではあるけども、
ものすごい変わりようでもある、
笑われる・呆れられる、話なんだけどさ、
取り掛かる前は、部屋の入口まですっかり、天井までゴミで占め尽くされてて、中に入ることすらできなかったのが、
今は、部屋の入口から、その部屋のベランダまでが 「開通」 してね、その部屋の窓を、その部屋の中から開け閉め出来るようになったよ、あはは、、、
細かいものは大方なくなって、そして後は、本、あとはダンボール、そして粗大ゴミ、がほとんどかもしれない、
本は、捨ててしまうものがほとんどなんだろうけど、中には 「とっておいたほうが良い物」 ってのもあるのかもしれなくて、
どれとどれを残しておけばいいのかな、とか、ちょっと考えてしまったりする、
元々そこは 、1つの 「部屋」 なんだからさ、
すっかり片付いた後には、本棚なんかは、自分で俺は作れちゃったりもするんだし、ボロいのしか作れないけど、(真似事程度なら、工具もあるしってことで、大工の真似事は出来る)
自分の好きなサイズで、簡易本棚でも作って、そこに収納すればいいんだから、とか?
なにも、全てを破棄、する必要なんてのが元々、なかったりするんだもんね、
本やダンボールは、きちんと整理梱包した上で、資源ゴミにガンガン出していけば良いだけの話なんだし、
梱包の要領ももう、すっかり手馴れたもんだよ、訓練されたな~^^
で、いよいよ 「粗大ゴミ」 を取り掛からないといけない時限に来てるところでね、
分解できるようなものは極力、自分で細断しつつ、家庭ごみに出して行ってるんだけど、
「ふとん」 もさ、ほんとは、すっかりバラして細かくしてしまえば、燃えるゴミに徐々に出していけば良いってことなんだけど、
ある程度溜めて置いたあとで、車にまとめて積んで、清掃センターに持っていこうかな、とかも思ったり、
で、ほら、そういう外出があれば、ちょうどいいチャンスなんだから、念願の 「外食」 を帰り道にしてきちゃったりとかね、
ま、どうなるんだろうか、「その時の俺」 は、どうするんだろうかね、
***** 相談室
ピグで相談室も、久しぶりって言うべきなのかな、土日でちょっとやってみたんだ、
やっぱりそこそこ人が来て、相談してきた若者さんたちそれぞれと、有意義な話が出来たし、この点もすごい楽しかった、
ただ、1つの相談に俺は大抵 「数時間」 かける、そうやってじっくりと話を聞くっていうスタンスなので、
ものすごい精神力が必要でもあってさ、
1つ話終わったあとで、土曜なんかはすっかり、「魂が抜けた」 ようにウツが出張って、とかになってしまってた、うぅ、、、頼りないw、
相談に来た若者さんたちに、年齢を経てるからでの、あれこれのちょっとしたピンポイントな指摘をいくつかしてあげる時に、相手さんがすごい感動したりとか、あるいは、いきなり元気になっちゃってとか、
そういうのがあると、俺も 「よかったなぁ~」 ってこれ、心から思うんだよね、
ってのは、ブログでも何度も書いてることだけど、
「あの時の俺は・・」
ってのをいつも、重ね合わせて考えるんだ、
***
不登校なんかをしてしまった高校な頃、俺は心底 「バカ」 で そして 「真剣で」 っていう、この2つで、
「生きる」 の迷路を進む上での 「灯火」 をしっかり見つけることが出来ないまま、
あげくのはてには、イジメなんかを受ける立場になってしまったり
その時の俺には、何かしらの指南をしてくれる人、ってのが、周囲に 「一人も居なかった」、
この虚しさを今もひきずっててさ、
あん時の俺は、そうだった、
なればこそ、今、目の前で話をしてきている、この若者さんには、同じ目に遭って欲しくない、
こういうのが、やっぱりどうしても、俺が相談話を聞くときの 「熱意」 となっているんだろうな、って、
いつもこれを思ったり、、
***
誰も教えてくれなかった、
俺はほんとは、精神病院など、出向く必要もなかったのに、
必要だったのは安定剤ではなく、「人や人生や社会に対する、きちんとした考え方、構え方」 っていう知識、だけ、だったのに、
周囲の大人たちもやっぱり 「わからなかった」 んだろう、
俺をそこへ案内したあとで、よもや俺がその後の10年を棒に振ることになる、だなんて、考えもしなかっただろうしさ、
高校3年の2学期、受験時期だったんだよ、不登校を 「開始」 したのがね、
卒業式の日にもらってきた、卒業アルバムをみると、
クラスの写真が大きく載っていて、クラスメートたちが並んで写っている、、
その大きな写真の片隅に、四角で囲われた俺の顔写真が付いていたんだ、
そん時俺は登校してなかったから、写真に入れなかったわけだね、
学年で全部で11クラスあったんだけどさ、ベビーブームだった、で、「片隅に顔写真」 ってのは、11クラスもあったのに、
俺だけ、
だったんだ
卒業式から帰ってそれらを見たあとですぐに、
庭で燃やしてしまったけどね、アルバムは、
ものすごい、恥ずかしく情けない思い出だ、
当時の先生たちは、学年全員で、すごい優しく熱心に、俺の支えをしてくれたんだけどね、
この点だけは、すごいありがたかったよ。感謝では、あるかな、
すごく良い学校だったんだよ?
ただ、高校にはもう二度と、気持ちを持って行きたくない、
***
相談室で若者さんが話をしてくる時にはいつも、
こんなことを思い起こしながらも、話をしてるんだろうね、俺は、
「だから」、ついつい熱心になってしまうんだろう、
で、
頑張れよ~~、次代を担う若い面々よ、
と、エールを^^
あ、で、そろそろ寝ないとなので、おやすみなさいです、
皆様もそして俺も、今週もあれこれ、大変なことも個々にあるやもですが、
じっくりと耐えつつも、のんびりボチボチと、歩いて行けますように、祈っております、
ここまでご覧頂き、ありがとうございました、
m(_ _ )m
