っていうと、さも堅苦しい、頭カチコチの退屈な番組~~、って思われがちだけども、

 

(ま、俺もそう思ったりするけどw)

 

極たま~~に、ちょっとした 「プレゼント」 ってのを、もらったりすることがあるんだよね、

 

 

 

別にその 「視点論点」 で、何かの懸賞をやっててそれに当選したとか、そういう話ではなくて (やれば面白いのに、とかは想うけどw)

 

考え方などでの 「啓発」 を受ける、 そういう形でのギフトのことね、

 

 

 

この番組って、ただ単に、一人、おじさんかおばさんが登場して、ず~~っと何かを喋ってる 「だけ」 っていう番組では、あるものの、

 

これってつまりは、「大学での講義」、みたいなものだよね?

 

(俺は高卒で、大学の様子って体験無いから、TVや映画でそういうシーンを見るだけでしか、知れてないけど)

 

講義の中身は、講師がいかに深い充実した話を展開出来るかどうか、にかかってる訳だけど、

 

・・・あ、出てた人の名前も全然見てなかった、一人のおばさんだったよ、

 

 

 

今朝は、例によってアラームなる前に目を覚まして、付けっぱなしのNHKを寝ぼけながら眺めていたら、その 「視点論点」をやっててね、そこでその講師の方が、

 

「あしながおじさん」 

 

っていう小説の話をしてたんだ、

 

 

 

俺はこの小説って、もう、ずっと昔からある、超有名なやつなのに、今まで全然読んだことがなくて、

 

「 あしながおじさん?、えっと、足利(あしかが)おじさん、ってなら、いっぱい居るよね? w」 

 

だなんて冗談を言ってた程度、(栃木県には、足利市ってとこがあるんだ)、

 

 

 

***

あとで読み返すための意味も含めて、あらすじを他のサイトからコピペ。

 

これは孤児院で育った少女が自分を大学に送ってくれた評議員の紳士にあてて書いた手紙集である。

その紳士は自分が誰であるか明かさない。少女は彼にあてて定期的に手紙を書かなくてはならない。それが援助するに当たって彼が出した唯一の条件なのである。

彼女は名前もわからない相手にあしながおじさんと名をつけ、大学生活の間頻繁に手紙を書き送る。

この手紙がまた型破りで生き生きしていて、本当に面白い。イラストつきである。こんな手紙を定期的にもらっていたらその相手に恋をしてしまってもおかしくないと思う。(実際ストーリーはそうなる)

 

 

 

*****

寝ぼけながらもボヤ~っと見てたなかで展開されていたのは、「幸福論」 だった、

 

「あしながおじさん」 の著者、というか、主人公のジュディっていう子の人生観、そして幸福論、ってことだけど、

 

多く書いた手紙の中から、講師の方が以下の文を引用してたんだ、

 

 

 

幸福の本当の秘密を私は発見したのよ、おじさま! 

 

それは「今」を生きること。

 

過去をくよくよ悩んだり、未来の取り越し苦労をしたりしないで、 今のこの瞬間から、得られる限りの最高のことをつかむことです。

 

(・・中略)

 

私は、一秒一秒を楽しみます。

 

楽しんでる間は、楽しんでることを意識します。

 

大抵の人たちは生きているんじゃなく、競走しているだけ。遙か彼方の地平線にある決勝点にたどり着こうと懸命です。

そして、そこに行くことに熱中するあまり、息が切れ、あえぎ、途中の美しい風景も目に入らないんです。
そして、挙げ句の果てに知ることは、自分たちが年をとり、疲れ果て、決勝点に着こうが着くまいが、結局何も違いがなかったということ。
私はたとえ大作家になれなくとも、道草をして、小さな幸せをいっぱい摘むことに決めました。たとえ〈大作家〉に絶対ならなくても。
わたしがこんな女哲学者になりつつあるとは知らなかったでしょ?


素敵な一節そして文章だ、そして 素敵な考え方、だね^^

 

 

 

 

 

***** 注意

以下からは、この文を見知ってでの 「俺の」 見解を書いてみます、

 

でね、小説とかを読んだあとの感じ方ってのは、「自分で想うこと」 がすごく大事なので、「あどんの見解」 と 「自分の」 とは

 

「違うんだ!」、ってのを、しっかり意識しながら読んだ方がいいんですよね、

 

「流されないように」 と^^

 

人の感じ方は十人十色、ある意味に於いてそれらは 「どれもが正解」 なのであって、どれかがずば抜けて優っている、劣っているということは、ありえないんだしさ、

 

自分で感じたその形を、全て知れるのもそして、大事に護ることが出来るのも、この世でただひとり、「自分自身だけ」 なんだ、と、

 

以上を意識した上で読んでみてね、

↓↓

 

 

 

 

 

***** あどんの感じたこと、

ジュディのこの手紙の文、こういう文章はさ、よく、頭がカチコチな人がすぐに 「幸福論」 だなんていう、

 

「漢字3文字」 

 

にしてしまうけど、

 

そういうの、良くないと思うんだよ、

 

 

 

絶対にそんな、人が感じたこと、とかってのは、「一括り」 に短く要約なんてことは、してしまってはいけない、

 

長く時間をかけて、「じ~~~ん」 としながら、じっくりと多くのことを、あっちからもこっちからも持ってきながら、それぞれ思い浮かべながら、心にゆっくり染みとおらせていくべきもの、

 

なんだよね、

 

 

 

***

俺はこういう、「自分の周囲に落ちている、さもすると気がつかないかもな、小さな幸せの数々を、見つけ出していくこと」 こそが、幸福へのカギなんだ、っていう点、

 

ほんと今まで、他の多くの箇所で見聞きしてきたし、それから、自分でも実践もいくつも、してるだろうな、と思った、

 

例えば、

 

極貧で粗食な日々ながらも、「炊きたてのごはん!!」 に感動したり、とか、

 

夜中に何度も目が覚めてしまう浅い眠りを、嘆くのではなくむしろ 「1日に何度も『二度寝』を楽しめる、こんなお得な話ってあるかい?w」 とか、

 

起きてすぐ憂鬱になりがちな朝の始まりのなかで、「俺の周りには、「重力」がある!そして「酸素」がある!、なんと幸せなことだ~w」 とかな、ユーモアとかも、

 

幸福のカギってのは こういうことなんだ、ってのは結構わかるよ、

 

 

 

で、俺がこの「視点論点」 でのこの話で、どこで気持ちがあっためられたのかな、って考えると、小さな幸福が~とかな点ではなくて、

 

ジュディっていうまだまだ、言っちゃ申し訳ないけどな 「子供」 が、こんなに豊かな発想力で自分を包んで、

 

孤児院に居た時期に受けたであろう、多くの辛さや悲しみから、「自分を決別」 させようとしている、っていう

 

その勇気とか、知恵とか、あとは、天真爛漫な純粋な明るさ、とか、

 

 

そう、アンシャーリーと、全く同じだね、「赤毛のアン」 の、

 

 

 

※ ところでさ~、

海外の文学家ってのは、モンゴメリにせよ、この「あしながおじさん」のジョンウェブスターさんってお方 (調べた) にせよ、こうやって、とても心温まるような話や発想を提供してくれるのに、

 

なんで日本の文豪は、三島由紀夫だったり、芥川龍之介とか、太宰治だったり、

 

くら~~い、くら~~い、、人生に失望してしまいそうな作品を書くんだろうか?

 

(あ、俺が知ってる範囲、ごく狭い知識からの勝手な決めつけですので・・)

 

 

 

話もどすけど、「そっち」 だったんだよね、

 

そうそう、自分が気持ちが落ちてて現状も苦境で、ってなことがあったとしても、

 

こうやって、ジュディみたいな、優しい明るさに対して、たくましい熱意をもつような、そういう純粋な生き生きを見聞きすると、

 

すごい 「ホッとする」 ってとこなのかな、

 

そういう点で気持ちがあったかくなったんだ、と思う、

 

 

 

 

うん、これは一応、ブックマークに登録したんだよね、

 

で、いずれもし気が向いたときには、この 「あしながおじさん」 って小説を、50過ぎた 「今更」 だけども、読んでみようかなとか、思いました、

 

 

 

 

※、 ところで、

ネットで小説の全文があればいいな~と思って、結構さっきまで検索してたんだけどさ、

 

英文のやつなら、全部載ってるのがあったけど、無理じゃわいww

 

そして、

 

この 「あしながおじさん」 は、原文の英語を、どうやって和訳するかで、下手すると作品の質にも関わるような違いってのが、出てしまうみたいでさ、

 

本来なら、英語ちゃんと出来る人であれば、原文で読んだほうが、一番 「感動」 できるのかもしれない、とかも思ったよ、

 

 

 

 

では今日も仕事、ボチボチとやってまいります、

 

皆様もどうかお健やかに、いろいろ辛い日々もあるかもながらもお互い、「ジュディ」 に負けてたまっか~~w、 と

 

そんなユーモアも持ちつつ過ごせるといいですよね^^

 

応援しております、

 

m(_ _ )m