知恵袋より、こんな質問があった、
「
大人になれません。
私は現在大学生なのですが、未だ心は中学1年、もしくはそれ以下くらいのように感じます。
私自身も自分を大人だと思っておらず...と言うより思いたくなくて、人から大人だね等、私を大人という人にいつも大人じゃない!と言って内心怒ってしまいます。私に向けて結婚や子供、孫という言葉も好ましくありません(例...いつか○○(私)にも子供が〜、そのうち○○(私)も結婚する等)
でもふと同じ背丈でお子さんを抱えた若めのお母さんを見たりすると私と同じ背丈(もしくはそれ以下なのに)子供がいるんだ...と複雑な気分になります。
未だに鬼ごっこやかくれんぼ、砂遊びや虫取り、ザリガニ釣りがしたいです。
ですが友達は皆なんでそんなガキ臭い事をしなくちゃならないんだと言い、やりたがる人はいません。当たり前と言ってはたしかにそうかもしれません。
年下の一緒に遊べる様な子もいません。かと言って小さい子と遊べる保育士等にはなりたいとも思いません。寧ろどうやって接すれば良いかわからないです。
心が身体の成長についていけてないです。
心は(なんとなく)中学一年生くらいの感覚なのに対して、身体はもう大人(大学生相応)の身体です。
とはいえ、自分でこんな事を思うくらいの脳は身体と一緒に発達しているのだと思います。
なので自分が働く事に違和感を感じるし(1度アルバイトを経験→すぐに辞める)、スーツも違和感があります。正直に言うと私はエックスジェンダーと呼ばれるもので(と言っても自己判断)この部分は省きますが、それも合わさって、子供らしくない下着であるブラにも嫌悪感しかありません。
ですが、身体がある程度年齢相応になるのでそのうちは私も働かなくてはならなくなります。
いつまでも親の脛をかじるというのは申し訳がないです。寧ろ私が罪悪感で潰れそうです。でも働く事に違和感を感じてしまいます。きっと働きたくない訳では無いと思うのですが...。
精神年齢が低い上に極度の人見知り、よく泣く、責任を伴いたくないと人間として情けない性格です。その上(自己判断ですが)エックスジェンダーという理解されがたいものもあります。
これらの気持ちとどう向き合えばいいかわかりません。生きているだけで喉にいつまでも小骨が詰まったような感覚になります。
人見知りに関しては人と会うと胃が痛くなり、手汗が滲み、環境の変化が激しい時期(特に入学式から約1、2年間)は胃薬や栄養剤が手放せません。
そこまでして大学に通うのは職業につきたくなかった(いつかは就かなくてはならないとは分かっていますが上記の通りです)という理由と、やってみたいなと思える職業には大学卒業と同時に貰える学芸員資格が必要だったからです。
ですが、私は絵を描くのも好きで、時々イラストレーターでも良かったのでは?と思う事もあります。
絵を描いているから生活を送れているようなもので...描かない日が続くといつもよりストレスが倍に感じてしまいます。ですが特に人様に見せられるように長けているという訳でもなく、イラストレーターも厳しいです。
ちなみに親にはこれらの事は一切話していません。両親は心の何かなどそういった事には理解がない人です。片方は外国人で、もっと理解がないというか、取り合ってもらえません。
質問しているのに上手くまとめられてなく、その上長々としていてとても申し訳ないのですが、どうかこれから私はこの気持ちとどうやって向き合っていくべきか、どう付き合っていくべきか
どうかご回答よろしくお願いします。
」
というもの、
****
この点では俺は、自分で歩いた道を振り返って考えることがあったんだけど、
それをそのまま書いてみた、↓↓
「
まず基本として思うのが、今のご自身を否定する必要なんて、全然無いんじゃないのかな、っていうことです。
大人になったからといって、さぁ~、もう子供な遊びはできないんだぞ、しちゃダメなんだぞ、と「無理やり」自分に枠を押し付けてしまうっていうのは、
その人のとても大事な個性とか特質とか、更には、さもすると「才能」までも、潰してしまうんじゃないかな、と危惧を感じたりするんですよね、
大人になっても、子供っぽい人って、世の中にも沢山いるじゃないですか?
例えばあの、ジブリの宮崎さんなんかが一番いい例だと思えるわけでして、
あの方のドキュメントなんかを見ますと、話し方がほ~~んとに、無邪気で素直で、つまりは「子供っぽい」、いつも天真爛漫なワクワクってのを、いくつも心に持ったままで、お年を召した方なんだな~って、
見ててもこっちも楽しくなるような、そんなお人ですよね^^
私なんかも、もう50になる年齢なのに、「こども科学館」なんてのがあるわけですが、そういうとこにも~~行きたくて行きたくて、
でも子供がいないし、行けないわけです、、一人じゃ流石に恥ずかしいもんね、w
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子供っぽいっていうのは、言い換えると、「遊び心」とも言い得るものだ、と思うわけでして、
むしろ、そういうものをすっかり失ってしまったら、大人としてちょっと、へんてこりんな、偏った人間にさえ、なってしまうんじゃないかな、とか、そういうことも考えます。
むしろ逆、例えば、
その「鬼ごっこがしたい~^^」っていう願いが結びついて、新しい発想をかんばえ付いて、将来のお仕事で見事に思わぬ形で、1つの斬新なアイデアを産んだりなど、
こういうことって、子供っぽさをすっかり失った人間には、絶対に出来ないこと、ですものね、
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そして、そのようにご自身の特性ってのを、むしろ大事にしてあげよう、と心で割り切りをつけたあとであれば、
「それはそれ、そして、これはこれ^^」と、しっかりと気持ちを安心させて整えた上で、
例えばの、
「見た目や振る舞いだけは、しゃ~~ない、大人になっておくか~w」
と、人生での「場面」っていうのを、きちんと分けた上で歩いていけるようになるんじゃないかな、という提案でして、
そう、まずはご自身のその考え方はむしろ、大人になってからも、すごい大事な面があるんだ、という点を見据えること、
「子供っぽい」というものでもない「遊び心」として、守っていく、という気概の方が良いのかな、と、
気持ちにケジメを付けられるようになる、
という言い方なのでしょうか、
長文でわかりづらくて申し訳ありません、が、
以上のような意見を持ってみました。
」
****
大人になる = 子供を捨てる、とかそういう考え方をしてると、
やっぱり、自分が嫌になるだろうし、
そして相変わらず、大人になるのは嫌だろうし、
大人になっても、「鬼ごっこがしたい!^^」 って、これ、全然良いと思うんだよね、
ただ、こういう社会だから、どうしても出来なくなっちゃうけどさ、
そして、そういう時に、自分の子供を 「使ってる」 親って、見てると結構居るんだよねw、
見た目は、子供を遊ばせてやってる、だけど、実は親の大人の、そっちのほうが、子供よりもその遊びに夢中になってる、っていうシーンw
そう言うので俺は、全然いいと思う、
俺だった50にもなるのに、それでも例えば球技だったり、アスレチックだったり、始まると夢中になるだろう、絶対、
「こども科学館」 とか、あとは、鉄道博物館だったり、そういうとこもほんと、行きたいって思うし、、
そういう心って、むしろ、意識して大事にしてないと、大人の社会でやってるうちに、だんだん小さくなって消えていっちゃうかも、って思うしさ、
そっかぁ~、自分のこの感じ方って、別に間違ったものじゃ、全然ないんだな?、とか、
そういうことを納得できて、そして、自分に安心することが出来れば、
文中にもある、「それはそれ、これはこれ^^」 って形で、
大人になっていく、っていうことも、嫌うまでもなく、「しゃ~~ないけどもw」 って、開き直りや覚悟、そのあとに意欲や意思、ってのが、湧いてくるんじゃないかな、と、
宮崎駿さんのような姿勢って、とっても大事だと思うんだ、、
う、時間が、、、
では仕事、行ってきます~~、
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