ウツが出張ってくるようなときには、その時間とどうやって向き合えばいいのか、

 

っていう点を、未だに俺はあれこれ模索の中途なのかもしれない。

 

恐らくは、「これがベスト!」 っていう何かしらの方策ってのは 「無し」 で、

 

「ベストにちょっとだけ近い」 ようなアクションが、しかも 「その時限りに有効な」 っていう期間限定のものとして、

 

ようやく存在する程度なんだろうか、とかも考えたりする。

 

 

 

そういう手ごわさを感じる中で、1ついつも共通して感じることは、

 

やっぱり例の 「ありのままに」 っていう姿勢だよね。

 

Let It Be (訳すとそのまま 「ありのままに」 っていう意味)、っていうタイトルで、昔の昔、ビートルズなんかもそういう姿勢を歌にしたけど

 

そして俺はその姿勢を自分では、「のんびり~ボチボチと~」 って言い方をしたりする。

 

 

 

暗くて寂しい物思い、でも同時に、穏やかで落ち着いた物思い、

 

そんな、暗いけど優しい物思い、というのが自分を癒すのかもしれない、とかね。

 

 

 

落ちるって時は、自分を優しく見つめながら、でもそうやって、「落ちるに任せて」、底の底にまで沈んでしまって、

 

そしてその場所までたどり着いたら、そこでのんびり時間を扱ってみる、

 

↑この文章を考えてたら、「あのアニメ」 が思い浮かんだので、ちょっと書いてみようかな、と。

 

 

 

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気持ちが落ちるような時は、そのまま今の自分を優しく見つめてあげながら、

 

あの電車に乗るといい。

 

そして、6つ目の駅、「沼の底」 まで行ってみよう。

 

 

乗っている間は、共に乗ってる黒い影の乗客さんもちょっと眺めたりしながら、

 

「死」 なんかをチラッと考えてみちゃったって、

 

いいんじゃないか、

 

 

乗っている間、心に流れてくる、ちょっと寂しい空虚だけど、とても落ち着いた優しいピアノのメロディに

 

心の耳を傾けてみて、いいんじゃないか、

 

 

カタコト揺れる電車の車窓から見える、寂しげな夕日なんかを、

 

ただボヤ~っと眺めてみても、いいんじゃないか、

 

 

いくつか通り過ぎる駅からは、

 

もしかして黒い影さんがこっちに向かって、手を振ってきてくれるかもしれない、

 

それを見つめて、相手の心を想ってみても、

 

いいんじゃないか、

 

 

 

そして、沼の底に着いて電車を降りると、

 

きっと辺りは、すっかり暗くなっているだろう、

 

 

そして、路を歩いていったその先には、

 

「あのおうち」 が、明かりを灯して、僕を待っていてくれるだろう。

 

 

 

中に入れてもらうと、

 

「底」 なのに、なぜか温かく、すごく、くつろげるかもしれない、

 

 

そして、怖そうながらも、でもとても優しいおばあちゃんが、

 

あったかい紅茶を出してきてくれる。

 

 

「さあ、おあがり^^」

 

この一言も、僕をきっと、優しく包んでくれるだろう、

 

 

 

時間をすっかり忘れて、

 

そんな寂しい、ちょっと悲しい、でも、とても穏やかで静かなその場所で、

 

 

僕は、心が落ち着いていくまで、

 

「底で」 、そう、そこで、過ごしてみよう。

 

 

 

ゆっくり過ごすその先に、気が付くともしかして、

 

真っ白で綺麗な龍が、僕を迎えに来てくれているかもしれない、

 

 

その時にはまた、「底」 を、そこを、離れて、

 

元気も、ちょっとだけ期待しながら、

 

また、お外に戻っていこう、

 

 

しっかりと、その龍の2本の角に

 

つかまりながら。

 

 

 

僕は、こういうことを考えながら、

 

その、あったかい紅茶を見つめていた。

 

 

 

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久しぶりに、詩を書いちゃったね、

 

千と千尋のあのシーンの、まんま、だけども、

 

実際には、ただの「冒険の一環」 っていう話でもあるんだけどさ、ストーリー上では、

 

でも 1つのシーンも、こうやって、違う観点でとらえて、初めから考え直してみると、

 

これはこれで、1つの、別世界にも、なるんだろうかな、とか、

 

そういうことも、今、書きながら、考えてたよ^^

 

 

 

では、ここまでご覧頂き、ありがとうございました^^

 

 

 

いつも、いいね!やコメントを、ありがとうございます!

 

m(_ _ )m