ウツが出張ってくるようなときには、その時間とどうやって向き合えばいいのか、
っていう点を、未だに俺はあれこれ模索の中途なのかもしれない。
恐らくは、「これがベスト!」 っていう何かしらの方策ってのは 「無し」 で、
「ベストにちょっとだけ近い」 ようなアクションが、しかも 「その時限りに有効な」 っていう期間限定のものとして、
ようやく存在する程度なんだろうか、とかも考えたりする。
そういう手ごわさを感じる中で、1ついつも共通して感じることは、
やっぱり例の 「ありのままに」 っていう姿勢だよね。
Let It Be (訳すとそのまま 「ありのままに」 っていう意味)、っていうタイトルで、昔の昔、ビートルズなんかもそういう姿勢を歌にしたけど
そして俺はその姿勢を自分では、「のんびり~ボチボチと~」 って言い方をしたりする。
暗くて寂しい物思い、でも同時に、穏やかで落ち着いた物思い、
そんな、暗いけど優しい物思い、というのが自分を癒すのかもしれない、とかね。
落ちるって時は、自分を優しく見つめながら、でもそうやって、「落ちるに任せて」、底の底にまで沈んでしまって、
そしてその場所までたどり着いたら、そこでのんびり時間を扱ってみる、
↑この文章を考えてたら、「あのアニメ」 が思い浮かんだので、ちょっと書いてみようかな、と。
****
気持ちが落ちるような時は、そのまま今の自分を優しく見つめてあげながら、
あの電車に乗るといい。
そして、6つ目の駅、「沼の底」 まで行ってみよう。
乗っている間は、共に乗ってる黒い影の乗客さんもちょっと眺めたりしながら、
「死」 なんかをチラッと考えてみちゃったって、
いいんじゃないか、
乗っている間、心に流れてくる、ちょっと寂しい空虚だけど、とても落ち着いた優しいピアノのメロディに
心の耳を傾けてみて、いいんじゃないか、
カタコト揺れる電車の車窓から見える、寂しげな夕日なんかを、
ただボヤ~っと眺めてみても、いいんじゃないか、
いくつか通り過ぎる駅からは、
もしかして黒い影さんがこっちに向かって、手を振ってきてくれるかもしれない、
それを見つめて、相手の心を想ってみても、
いいんじゃないか、
そして、沼の底に着いて電車を降りると、
きっと辺りは、すっかり暗くなっているだろう、
そして、路を歩いていったその先には、
「あのおうち」 が、明かりを灯して、僕を待っていてくれるだろう。
中に入れてもらうと、
「底」 なのに、なぜか温かく、すごく、くつろげるかもしれない、
そして、怖そうながらも、でもとても優しいおばあちゃんが、
あったかい紅茶を出してきてくれる。
「さあ、おあがり^^」
この一言も、僕をきっと、優しく包んでくれるだろう、
時間をすっかり忘れて、
そんな寂しい、ちょっと悲しい、でも、とても穏やかで静かなその場所で、
僕は、心が落ち着いていくまで、
「底で」 、そう、そこで、過ごしてみよう。
ゆっくり過ごすその先に、気が付くともしかして、
真っ白で綺麗な龍が、僕を迎えに来てくれているかもしれない、
その時にはまた、「底」 を、そこを、離れて、
元気も、ちょっとだけ期待しながら、
また、お外に戻っていこう、
しっかりと、その龍の2本の角に
つかまりながら。
僕は、こういうことを考えながら、
その、あったかい紅茶を見つめていた。
****
久しぶりに、詩を書いちゃったね、
千と千尋のあのシーンの、まんま、だけども、
実際には、ただの「冒険の一環」 っていう話でもあるんだけどさ、ストーリー上では、
でも 1つのシーンも、こうやって、違う観点でとらえて、初めから考え直してみると、
これはこれで、1つの、別世界にも、なるんだろうかな、とか、
そういうことも、今、書きながら、考えてたよ^^
では、ここまでご覧頂き、ありがとうございました^^
いつも、いいね!やコメントを、ありがとうございます!
m(_ _ )m
